リベンジ ! 第2回甲州街道 鳥の旅 215km
甲州街道 鳥の旅。
それは下諏訪から日本橋まで、旧甲州街道215kmを自分の脚で辿る旅だ。
6月23日(金)の夜22時に諏訪大社下社秋宮を出発し、6月25日(日)22時までに日本橋の浜町公園に辿りつけば完走となる。
実は昨年の第1回 鳥の旅にチャレンジしたのだが、左足首を痛め、八王子の手前でリタイアした。その瞬間は悔しいというより安堵した。それほど心身共に過酷な旅なのだ。
しかし日本橋を渡らずして旅は終わらない。
来年は必ず完走すると誓った。
脚を痛めるのは走り方が悪いからだ。
走る距離や速さではなく、走りの質を高めることが本質改善に繋がる。
この一年を振り返ると、裸足で走り、
そして、新たに一本歯下駄を始めた。
特に一本歯下駄は収穫有りだ。「蹴らない走り」ができるようになった。一本歯下駄では重心軸に体幹がのってないとバランスを崩してしまうので、地面を蹴るような姿勢だとまともに歩いたり走ったりできない。一本歯下駄を履いていれば、意識せずとも自動的に姿勢を正せるのだが、逆にその感覚を意識することで一本歯下駄を履かない時にでも姿勢を正せる。これで走り方がかなり改善されたと思う。
そして一年が経った。
【6月23日 17時】
その日は有給休暇をとり少し仮眠でもしてから家を出ようと思ったが、結局、真昼間から寝ることもできないまま家を出て、新宿バスタへ到着。
昨年は丸1日仕事した後で、スーツと革靴のままバスに乗ったことを思えば、心身に余裕がある。休暇をとって良かったと思う。
17:15に新宿を出発。やはり眠れない。家を出てから電車の中で読み始めた「アルケミスト」(パウロ・コエーリョ)の続きを読む。一度読んだ本はめったと読まないんだけど、何故かこれを読もうと思った。
読むほどに引き込まれて、下諏訪に到着する前に読み終える。
『おまえが何かを望む時には、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるのだよ』
これは、この本に書かれた一節だ。
何を望むって、そりゃ完走だ。
宇宙を味方につけたのなら絶対完走できる。根拠なき自信が湧いてくる。読んで良かった。というか、これを読ませたのも宇宙のチカラなのかもしれない。
スタート地点の諏訪大社に到着。昨年は、どしゃ降りの雨だった。普通なら悲壮感が漂っていてもおかしくないシチュエーションなのに、皆んな楽しそうにお喋りしてる。かなりの変態の集まりだと思った。今年は雨にも降られず、一年ぶりに再会した人達とお喋りしたりして、穏やかでとても平和な気分。
一年ぶりだけど、(ド変態)仲間が増えて嬉しい。
【6月23日 22:00】
日本橋を目指して出陣!
現代の甲州街道は国道20号線だが、この旅ではできる限り旧道を辿る。暗いけど車通りも少なく走り易い。夜の涼しい間に距離を稼ごうと淡々と走る。
最初の夜明けを迎える。旧道沿いには老舗のお店が残ってたりしてとても風情がある。
【6月24日 4時20分】
朝焼けの中、台ヶ原より古道に入る。
昨年のお気に入りポイント。
しばしタイムスリップして、いにしえの時代を思い浮かべてみる。
古道から国道へ戻り先へ進む。この辺りは、元々旧道があって、その一部を広くしたり、バイパスしたりして国道を作ったので、国道と旧道を入れ替わり立ち替わり走る。
どっちが走り易いか?
それは旧道だ。
何故なら、国道は自動車のために作ったので歩行者のことは配慮されてない。歩道はあっても田舎の歩道など、あまり整備もされておらず荒れているところが多い。
旧道は、元来、人のための道。車通りも少ないしスピードも遅い。それとたいがいの旧道の両脇には、旧家や蔵、水路などが残っていて歴史の名残りを感じることができる。水路のせせらぎに癒されたりもする。鳥の旅を走るならなるべく旧道、古道を走ることをお薦めする。
陽が高くなるにつれ段々と気温が上昇する。夜は涼しくてほとんど水分を取らないで走れるのだが、暑くなると水分補給量が急激に増える。
【6月24日 8時40分】
とにかく甲府の街は暑い。太陽がギラギラと照りつける。ちょっとしたビルの谷間の日陰を選んで走るなどして暑さを避ける。
【6月24日 9時31分】
甲府の市街地を抜けると、第1エイド 石和健康ランド(75km)に到着。
まずはエイドで飲み物やフルーツをたっぷりいただく。そして健康ランドのお風呂で身も心もサッパリ。腹が減っては戦さはできぬ。健康ランドのレストランでスパゲティー(当然の大盛り)を胃袋にぶち込んでカーボローディング。
【6月24日 11時58分】
エイドに2時間半ほど滞在して出発。
ここから第2エイドまでは23kmと大した距離ではないが、何しろ一番暑い時間帯に勝沼へ向けてダラダラと登り坂が続く。さらにその先には笹子峠という難所が待ち構えている。
暑い中を走るというのは難しい。汗をかくと水分だけでなく塩分やミネラルも失う。だから単なる水じゃなくてスポーツドリンクを飲むのだが、砂糖がかなり入ってるので甘い。冷たくて甘いは、内臓の負担が大きい。胃が弱って食欲減退。食べないからエネルギーが不足する。そんな悪循環に陥ると、いわゆるハンガーノックになるのだろう。
そもそも暑いからと言って冷たいものを飲む必要があるのか?
昔は冷蔵庫なんて無かったんだから常温で十分なんじゃないか?
冷たさ、甘さは、現代のライフスタイルに慣れきった脳が渇望してるだけで、身体が本当に欲するものではないのかもしれない。
昨年の鳥の旅では、味覚がおかしくなって食欲を失くした。後で教えてもらったのだが、どうやら亜鉛が関係してるらしい。また、攣りは、諸説あるがマグネシウムやカルシウム、ナトリウムが関係するとか。
ミネラル補給は大事だ。汗とともに流出するミネラルをどうやって補給するのかも考えておく必要がある。
今回の旅では、ミネラルは、亜鉛とマルチミネラルのサプリを旅の途中に3回飲んだ。そのお陰かどうか定かでないが、大量の汗をかいたのに最後まで脚が攣らなかったし、食欲は減退しても味が分からなくなることはなかった。(ちなみに僕の脚はとても攣りやすい)
糖質補給について言えば、超長距離ランでは、速効性は必要ないものの、内臓が弱る可能性が高いので、あまりに分解に時間とエネルギーを要するものは適切ではないと思う。今回、Trail Butter と言う1個で760kcalもあるエネルギー補給源を3個持参した。1ヶ月前のTDTで知ってとても美味しかったし腹持ちも良かったので採用してみた。Butterと言うだけあって脂質が多く分解しにくい。弱った内臓には負担が大きく、そもそも食欲を失った状態では食べる気がしなくて、結局食べたのは走り始めの方に1個だけ。デキストリンにカルピスを混ぜて作った自作ジェルも持参したんだけど、味見をしなかったもんで不味くて使えず。カロリーはあっても不味いものは口に入らない。結局のところ持参した行動食には殆ど手を付けず。重い荷物にしかならなかった。
自分にあった補給方法(水分、塩分、糖質、ミネラル)についてはまだまだ改善の余地有りだ。
鳥の旅の主催者である末房さんのコメントを大いに参考にしたい。
『基本的に食べなくても走れる距離を延ばす練習がトレーニングの骨子になります。そしてハンガーノックになるペース、ならないペースの境目をいつも見極め、どうしようもなくなったら俺にはこれだっ‼という食材の見極め(これがたのし)』
話を旅に戻す。
勝沼を抜け山間に入るといよいよ笹子峠へ向かう旧道だ。曲がりくねりながら高度を上げる。
登り坂はしんどいが、まわりの木々の濃い緑や渓流の音色に包まれていると苦しさを忘れる。
やっぱり山は気持ちいい。
ふと路側を見ると枝の切れ端がたくさん落ちてる。1ヶ月前のTDTの高水山のトレイルでとあるランナーから教わったことを思い出した。落ちてる枝をストックがわりにすると、楽に走れる。ちょうど良い太さと長さの枝を2本拾って使ってみた。やっぱり楽だ。推進力を得て快調に登る。
失敗も、成功も、経験は活かすためにある。
峠が近づいたところで古道のトレイルに入る。ここも前回のお気に入りポイントだ。
やっぱりアスファルトよりトレイルが気持ちいい。
古道から再びアスファルトの道路に出て少し走ると笹子峠のトンネルが見える。
昨年は日没に差し掛かった頃で薄暗い中、このトンネルを恐々走り抜けた。人づてに聞いた話ではこのトンネルは何か出るらしい。(どんなトンネルにもそんな話は付き物だ)
今回は時間帯が早い上にトンネルを通らず本来の峠道を行くので、怖い思いをせずに済んだ。
【6月24日 16時41分】
チェックポイントの笹子峠に到着。昔の人たちも同じ景色を見たのだろうか。
笹子峠から黒野田の第2エイドまでは下りだ。
しばらくアスファルトを曲がりくねりながら下ると「矢立の杉」という名所に着く。
ここもお気に入りポイントの1つ。
大木の迫力に圧倒される。ここは間違いなくパワースポットだ。
ここからはアスファルトの道路に戻らず、トレイルを下る。ロードの方が早くて楽なんじゃないかと思う人もいるだろうけど、アスファルトの道は曲がりくねって距離も伸びるし、硬いし、脚への負担が大きい。このトレイルは、緩やかな下りの直線で、路面も良く整備されている。緑に包まれた極楽トレイルをご機嫌に駆け降りる。
【6月24日 17時31分】
第2エイド 黒野田(108km)に到着。
やっとハーフだ。昨年は第1エイドから左足首に痛みが出て不安を抱えてたけど、今年は痛みが無いのが嬉しい。 エイドに入ると大きなテーブルにフルーツやお漬物や飲み物がたくさん並んでいる。それらを摘んだり飲んだり。
そしてお待ちかねのメインディッシュ、カレーライスだ。
旨い! 旨いので、おかわりをいただく。
【6月24日 18時45分】
美味しい食事とスタッフの皆さんのホスピタリティーをたっぷり心身に満たして、第2エイドを出発。
ここから大月辺りまでは緩やかな下り坂が続く。そして2回目の夜を迎える。
下りなので快調に走る。100kmも走った後でこんなに走れりゃ上出来だと思ってたら左足の甲に痛みを感じる。ワラーチの結び目があたって痛いのかと思って結び直してみたがやはり痛い。どうやら中足骨周辺を痛めたようだ。無理すると疲労骨折する恐れがある。ランナーによくある故障の一つである。下りを調子に乗ってペースを上げ過ぎたのだろう。蹴らない走りをずっと心掛けてたのに油断してしまった。下りは要注意だ。最後まで足が持ってくれるか不安がよぎる。
大月の先の鳥沢からは国道を離れ山間の旧道を行く。
少しでも痛みが和らぐ走り方がないかと試行錯誤してみる。着地の時に足趾(あしゆび)を折り曲げて地面を掴むようにすると痛みを感じないことがわかった。身体は前傾させずに腰高を保ち、脚はやや前へ降り出し気味にして足裏の着地点が拇趾球により前にならないように意識する。
無理はできないがこれで前へ進めると思いホッとする。
昨年は独り寂しく走った道だか、今年は鳥沢のコンビニから、初日に知り合った鳥の旅ランナーの木村さんと一緒に行くことにした。2人でいるだけで気持ちはずいぶんと軽い。
【6月24日 23時45分】
チェックポイントの犬目の公民館に到着。
長居は無用。行動食を少し食べてすぐ出発。
犬目を出て間もなく、視界が開け、中央自動車道の談合坂SAの見える場所がある。昨年のお気に入りポイントだ。
去年もそう感じだけど、あの世から下界を見降ろしてるかのような不思議な感覚だ。
旧道を下り、野田尻、鶴川を経て上野原で再び国道20号線に合流する。
上野原のコンビニで休憩してると雨が降ってきた。レインウェアを着て出発する。
(ここから先しばらくは雨で写真がありません。)
上野原からしばらくは独りで走ってたが、相模湖近くのコンビニで木村さんも含めて4人のランナーが一緒になった。相模湖周辺の旧道は複雑でロストし易い。それもあって自然と4人離れ離れにならないようにかたまって走る。雨の中、あっちだこっちだと声を掛け合いながら走る。ロゲイニングのようで何だか楽しい。
美女谷温泉への分岐で相模湖を離れると2つ目の難所である小仏峠への古道に入る。雨が降っていて路面は濡れていたが、整備の行き届いたトレイルなのでワラーチでも全く問題無し。雨のトレイルも幻想的で良いものだ。
小仏峠に到着。
峠を下ると待ちに待った第3エイドだ。
【6月25日 7時10分】
第3エイド 高尾梅の郷 (161km)に到着。
ここで食べた豆乳にゅうめんは疲れた胃でも美味しく食べれて最高でした。普段の食事としても食べたいくらいにクオリティーが高い。
さて、100マイル走ったところで身体の具合はどうかというと、中足骨周辺の痛みはあるものの、去年のことを思えばまだまだ走れる。眠くてしょうがないということはないが、頭がボォ〜としてる、といったところだ。時間的には余裕があるので少し寝ることにする。
エイドとして貸し切られた建物の中にある広い会議室のようなところに入る。何人かのランナーが仮眠してる。寝るといって布団があるわけじゃなく、硬い床の上に直に横になるだけ。それでも雨風あたらず静かに寝れることはとてもありがたい。
8時くらいから9時出発のつもりで寝たら起きたのが9時。アラームもセットしなかったのでよく起きれたもんだ。たった1時間でも熟睡したので頭はスッキリ。走る意欲も増す。やっぱり睡眠は大事だ。寝ないでも走れるかもしれないけど、これからは計画的に寝ることも考えようと思う。
第4エイドの新宿御苑まで46km、フィニッシュの日本橋まで55kmだ。よほどのことがない限り完走できるだろう。とにかく前へ進めばいいのだ。幸いなことに寝てる間に雨が上がった。
【6月25日 9時19分】
第三エイドを出発し、八王子、日野へと進む。単調な都会の舗装路だが、時折、旧道の名残りに出会う。
ほんとうはこういう旧跡を一つ一つ訪れて歴史に触れたいのだが、先を急ぐ身なのでそんな余裕はない。別の機会にゆっくり旅ランしてみたいものだ。
立日橋で多摩川を渡る。
1ヶ月前のTDT100で走った思い出深い景色をしみじみと味わう。
またTDT走りたいなぁ。
百何十キロも走った直後でも、そう思える。
府中で水分補給のため反対車線側のコンビニに入った後に事件発生。
そのコンビニを出てしばらくすると、反対車線側の歩道を鳥の旅のランナーが2人、逆方向に走ってる。普通の思考回路なら自分の間違いに気づくはずなのにピンとこない。そのまま走り続けてると、こんどは同じ側の歩道を逆方向に走る鳥の旅のランナーの集団に遭遇。そこでやっと自分が逆走してることに気づく。反対車線のコンビニに入ったことを忘れて、同じ方向に進んだつもりが逆方向だったわけだ。
眠くなくても睡眠不足は思考力の低下を招く。
昨年、美女谷への分岐で痛恨の道間違いも睡眠不足のせいだろう。
睡眠は大事。
往復で1kmほどのロス。まぁ200kmも走る中では誤差みたいなもんだが。
調布に差し掛かったところで前方で大きく手を振る人たちが見えた。
ランナーの集う店として有名な半蔵門の居酒屋 炭やの女将(おかみ)の提供する私設エイドだ。女将の吸引力にランナーがどんどん集結する。
フルーツと飲み物をたっぷりいただいたら、女将より、「尻(ケツ)」にビシッと気合いを入れてもらって出発。
都内に近づくにつれ歩道を歩く人や信号が増え走りにくい。おまけに距離標識があるもんだから、あそこからまだこんだけしか走ってないのか、まだこんなに走るのか、とか余計なことを考えてしまう。
「超長距離走ってる時、何を考えてるの?」と聞かれることがある。
少なくとも、過去と未来についてはあまり考えないようにしてるとだけは言える。
瞑想のように今ここに意識を集中する。特に身体への意識を大切にする。呼吸、着地、姿勢。良い景色に出会えば、躊躇なく脚を止めてそれを味わう。
超長距離を走り抜く秘訣は過去と未来に執着しないことだ。
215kmも、一歩一歩の積み重ねに過ぎないのだから。
人生という旅も同じだろうと思う。
そして、ようやく大都会新宿へ到着。
金曜日の夕方にここから下諏訪行きの高速バスに乗ったんだ。
脚で走って戻って来た自分を褒めてやりたい。
【6月25日 18時09分】
第4エイド 新宿御苑前(207km)に到着。
ここで、なんと嫁さんがランニング歴5年にして初のお出迎え。
ここはランナーの集うお店として知る人ぞ知る、新宿三丁目のcocoさくらのママである功子さんさんのエイドです。旅の前に「絶対新宿まで行くからね」と約束したので果たせて安堵。 美味しい冷麺をいただき最後の補給を完了。
ここまで来れば完走間違い無しだ。
【6月25日 18時21分】
身も心もリラックスしてエイドを出発。
間もなく皇居に出る。
ここは、仲間と裸足ランの練習で何度も走ったところ。
速いランナーにどんどん抜かれていく。
俺は下諏訪から200km以上走ってここまで来たんだぞぉ〜。
遅いけど構うもんかと開き直るしかない。
こんな皇居ランもあっていい。
東京駅の正面を過ぎ大手町で皇居を離れるといよいよクライマックス。
日本橋が光輝いてる!
ついに日本橋まで辿り着いた!
昨年のリベンジを果たしたんだ。
限界を超えたぞぉ~
あまりに日本橋が愛おしくて、その場を離れるのがもったいなくて、しばし欄干を撫でまわしたり、モニュメントに見惚れる。
後ろ髪を引かれながら日本橋を離れ、フィニッシュ地点の浜町公園へ向かう。
身体はボロボロだけど、もう何の不安も無い。
そしてフィニッシュ!
旅路でお世話になったスタッフの皆さん、共に旅をしたランナー、そして嫁さんも新宿から移動して出迎えてくれた。
みんな旅を支えてくれてありがとう!
こうして下諏訪から日本橋まで215km、46時間の長い旅路が終わる。
最後にもう一度、あの言葉を記しておきたい。
『おまえが何かを望む時には、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるのだよ』
「アルケミスト」(パウロ・コエーリョ)