息子の耕平を穂高岳へ連れて行く時が来た。自分の身一つなら明日からだって山へ行けるけど、息子にとっての初めて3000m級の登山が良き経験となるよう、いつもより念入りに準備をしたつもりだ。
荷物の重さは適当だろうか?
何を食べ、何を飲むか?
寒い時、暑い時、着替えをどうするか?
逝ってしまった親父はどんなことを考えたんだろう。
【 8月10日】
午前中で仕事を切り上げて帰宅。パッキングを仕上げて、夕飯食べて、3時間ほど仮眠。
夜11時、車で自宅を出発した。渋滞も無く3時頃には沢渡駐車場に到着する。シャトルバスに乗ろうと5時半くらいにバス停に向かうとジャンボタクシーの運ちゃんが客引き中。9人集まったら1000円だと言う。バスは1250円。なるほど商売になるわ。「あと二人乗れるよ」と言うのでタクシーに乗ることにした。お陰でバスより早くに上高地バスターミナルに到着できた。
二十何年かぶりの上高地。大学生から社会人なりたての若かりし頃には何度か来たなぁ。懐かしさが込み上げてくる。 河童橋を渡り、岳沢登山口へ向かうと上高地らしい景色に遭遇。こういう幻想的な雰囲気は早朝にしか見れない貴重な瞬間だ。
さぁ、登山開始! (5:45)
林間の山道をひたすら登ります。
それとは反対に、眼下の
上高地がだんだんと小さくなっていく。この高度感がたまらない。
岳沢を経てようやく紀美子平へ到着。(10:20)
耕平が「眠い、頭が痛い」と言って岩盤の上にへたり込む。軽い高山病だろう。標高1500mから3000mまで一気に登るのだから無理も無い。自分も中二で初めてここを登ったときに、同じようにへたり込んで、その後、
奥穂高岳まで荷物を親父に担いでもらった。親父との忘れられない思い出の一つだ。
耕平をそのまま休ませておいて、独り空荷で前穂高岳山頂へアタック。
槍ヶ岳が見えた!やっぱ槍を見ると気持ちが高ぶるなぁ。
実は今回はワラーチでの初
アルプス登山。シューズよりも履きなれたワラーチなので今のところ問題無し。風通し良くてむしろ快適。この先どうなることやら。それは未知の世界。
紀美子平から吊り尾根をつたって
奥穂高岳へと進みます。
相変わらず耕平は調子が悪い。それでも自分の足で前に進むしかない。それが一つの学びとなる事を親として願う。親父もそんな風に思ってたのだろうか。
険しい道が続く。
そしてついに奥穂高岳山頂へ辿り着いた。(13:30)
標高3190m。日本で三番目に高い山だ。僕は3回目、耕平は生まれて初めての3000m超え。
耕平も元気も出てきたようだ。山頂の祠の前で男らしく胡座をかいて何を想う。
身体が高度に慣れてきたこともあるだろうが、神が降臨したというこの山の頂には、エネルギーが集まっていて人に元気を与えるのだろう。
山頂から少し降りたところで今夜のお宿、
穂高岳山荘が見えた。しかし、とんでもない絶壁。耕平も思わず「マジかよ」と叫ぶ。
恐怖を味わいつつ無事に山荘到着。(14:40)
お盆休みなので覚悟はしてたけど、チェックインの時「今日は一つの布団に二人でお願いします。」と言われる。(結局、それほど混雑せず一つの布団に一つで快適に眠れました。)
夕飯は17:40から。豪華とは言えませんが、ご飯と味噌汁はおかわり自由なので、耕平はおかわり3杯!
それだけ食べれたら明日は大丈夫だ。
夕飯のあとも時間はたっぷりあるので、のんびり珈琲&紅茶タイム。標高3000mで飲むスタバは格別だ。
耕平は遥か眼下の涸沢を眺めながら大好きな“ゆず”を聴いたりなんかして、贅沢なひととき。
日が沈み明日の支度を済ませて就寝。こうして無事初日が終わる。
【8月12日】
日の出前に朝食を済ませるため、自分は 3時過ぎに起きて準備。4時頃に耕平を起こして朝食を食べます。朝カレーに朝パスタ。軽量化と時短のためフリーズドライですが、山の上では何でも美味しく食べられます。
残念ながら雲に遮られて御来光は拝めませんでしたが、雲海に浮かぶ
八ヶ岳連峰のシルエットに魅了される。あそこを端から端まで縦走したい。
初日にも増して険しい岩場が続きます。小便チビりそうな絶壁を鎖や梯子で登ったり降りたり。さすがに心配なので「3点確保」を何度も繰り返し声がけする。手を放したら滑落して死にます。
人を拒絶するかのような岩場に、逞しく花を咲かせる高山植物に心が和む。
ふと見ると遠くに富士山。
どこから見ても美しい山だ。
振り返ると歩んできた道が・・・道ってどこよ ? 指輪物語にでも出てきそうな威厳のある岩山に圧倒される。あそこを乗り越えてここまで来たんだと思うと感慨深い。
そして、ようやく
北穂高岳山頂への分岐点へ到着。(8:40)
耕平は休みたいと言うので自分だけ空荷で山頂アタック。
槍が岳とそこへと向かう険しい稜線が一望できる。まだ恐怖感冷めやらぬ時に見ると身震いが止まらない。でもあの頂きを見ると踏破してあそこへ辿り着きたいという気持ちも湧いてくる。そうやって山は人々を引き寄せるのだ。
さて、ここまで無事にワラーチで辿り着いたわけだが、途中、たくさんの人に「サンダルで凄い」「怪我しませんか?」「修行ですか?」と声を掛けられた。トレランレースだとちゃんと「ワラーチ」と呼んでくれる人が増えてるのだが、登山の世界ではまだまだ認知度が低いようだ。実際のところ、これほど険しい岩場でワラーチってどうなのかと言うと、けっこうイケる。足指が自由に動くしソールも柔らかいので、岩盤をよじ登ったり降りたりする時に岩肌の凹凸を掴みやすいのだ。ゴツい登山靴だと微妙な凹凸は感じ取れないだろう。足を守るために足の機能を殺すことが本当に安全なのかと疑問に思う。岩角に足をぶつけて切ったりしないか心配にもなる。しかし、慎重に足を運んでいる限り、仮にぶつけても切れるなんてことにはならない。そもそも自然の岩角はいくら尖っていても刃物のように鋭利ではない。人工物の方がよほど危険。さらに突き詰めると裸足が最も安全なのかもしれない。もちろんシューズに飼い慣らされて眠ってしまっている足本来の機能を目覚めさせた上での話だが。
待たせている耕平を気にしつつも山頂にある
北穂高岳山荘(^_^)vのテラスの珈琲があまりにも美味しそうなので御賞味。槍を眺めながらの淹れたて珈琲は最高です。
分岐点へ戻ると耕平は、おあつらえ向きの岩盤の上で絶景に囲まれて堂々と昼寝してる。すっかり山男になったようでちょっと嬉しい。
分岐点から涸沢まではガレた下りが延々と続く。普通だとキツくて弱音を吐きそうなとこだけど、
奥穂高岳から
北穂高岳までの恐怖の岩場に比べればなんてことはない。だんだんと近くなる涸沢を眺めながらハイキング気分で下る。
v
涸沢小屋へ到着。(11:30)
ここまでくればもう安心。
せっかくなので雪渓を歩いてみた。 真真夏の雪は、耕平には生まれて初めてだろう。
涸沢からの下りは傾斜も緩やかで足取りが軽い。
早く
上高地に辿り着いたい一心で耕平が走り出す。トレランなら負けるわけにはいかないと走るが、こっちは荷が重いしなかなか距離が縮まらない。結構、速い!
ハードな登山の最後に、これくらい走れるんだから大したもんだ。こんどはもっと走れる山へ連れて行くかなぁ。
あっという間に横尾到着。(14:15)
ここから上高地まで梓川沿いに心地良いフラットな林道が11km続きます。
上高地へ向かって、歩いたり走ったりしながら黙々と進みます。
牧歌的な徳沢園キャンプ場を過ぎ、
明神館まで来ると上高地はもうすぐだ。
そしてついに上高地へ無事帰還。(16:20)
よく頑張った!
お父さんも頑張った!
登山とは無縁な観光客で賑わう河童橋から、遠く穂高岳を眺め、優越感と達成感に少しばかり酔う。それも上高地の魅力。
また来よう。
こんどはどの山に登ろうか。
【登山を終えて】
耕平がまた山に登るのかどうかは分からない。父から子へ何かを伝えられたのだろうか? 言葉で説明できない何か。もしかしたらある時、フッと身体の奥底から湧いてきて山へと突き動かされるかもしれない。自分は今は亡き父からそんな何かを受け取って、大人になった今もこうして同じ山に登ってるのだから。
(おわり)