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もっと遠くへ

山が好き。走るのが好き。さぁ、果てしない旅に出よう!

南八ヶ岳親子縦走

 瑞牆山穂高岳縦走に続く3回目の親子本格登山です。いい季節なので紅葉の綺麗な山に行こうと情報収集したけど、穂高岳で岩山に魅せられた息子に合わせ南八ヶ岳に決定。一泊二日テント泊で。なんと息子はテント泊初体験。それもいきなり標高2300mのテント場で。自分も2000m超えのテント泊は初めて。まぁいざとなれば小屋へ逃げ込めばいいし。と軽い気持ちで・・・しかし。

【10月11日】
 10時半に家を出て中央道で美濃戸の登山口へ向かう。渋滞もなく3時間ほどで到着し赤岳山荘の駐車場に車を止めて登山開始!(14:00)
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  午前中の雨は止んだけど曇り空。ガスっていてかなり肌寒い。沢伝いにテント場のある行者小屋を目指します。コースタイム2時間なので余裕です。苔むした森に生命の息吹きを感じつつのんびりと登ります。

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針葉樹が多く紅葉はイマイチな山だけど時折、黄色に染まった大きな斜面が現れて見惚れてしまいます。
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 テント場に到着。とにかく寒い。真冬のようだ。早くテントを張って潜り込みたいのでそそくさとテントを張ります。設営完了し荷物を放り込んでホッと一息ついた頃には辺りは薄暗くなってました。(17:20)
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 夕飯は無印良品のビーフカレー(レトルト)です。息子にとっては初テントでの初夕食。旨い! 中学生らしく食らいつきます。狭いテント内での質素な夕飯だけどこの非日常感がたまらない。

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  食後はお約束のカフェタイム。僕は山スタバ、息子は砂糖たっぷりの紅茶。至福のひと時です。(18:00)
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このCiel Bleuのテーブルはすごく軽くて硬い木で作られていて組み立ても簡単。コンパクトに持ち運べるのでとても気に入ってます。ちょっとした事だけどキャンプ生活が快適でリッチになる。少しくらい荷が重くなっても山へ持って行きたいアイテムの一つです。

www.cielbleu-at.com

夜がふけるにつれ寒さが増します。息子はダウンの4シーズン用シュラフですが、自分のはダウンだけどウルトラライトな3シーズン用シュラフ。やっぱり寒い。寒さで時々目が醒めてうつらうつらしながら長い長い夜を過ごします。息子はちゃんと寝たのだろうか?
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【10月12日】 
どうにも寒いし昨夜7時には就寝したので朝は3時半には起床。テントの外に出てみると、なんとそこには息をのむような満天の星空。オリオン座、冬の大三角形がクッキリ。これは写真に撮らねば。マニュアルモードにして、絞りを開放、シャッター速度は2秒くらいから仕上がりをみつつ調整して15秒にセット。デジカメは写りをすぐに確認できるので便利だ。しかしあの圧倒的な星の数とその深淵なる煌めきは写真では絶対に再現できないのだ。(4:00)
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息子を起こし、朝ご飯を食べて、珈琲飲んで、荷造りしてテントを撤収してたら時間があっという間に過ぎてあたりが明るくなってきた。雲一つない空。歩いてもいないのに興奮して体温が上がる。(6:00)
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 少し出遅れたので阿弥陀岳、中岳はパスして文三郎尾根から赤岳を目指すことにした。かなりの急登ですがしっかりとした梯子が整備されているので楽に登れます。
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 赤岳と中岳の間のコルに到着。朝陽を浴びて黄金のように輝く阿弥陀岳を望みます。(7:00)
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 ここから赤岳山頂へは穂高岳を彷彿させる急峻な岩場を登ります。
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もう少しで山頂というところで、キタァ〜富士山だぁ〜! いつものあの悠然とした御姿を見せてくれました。
これを見ただけで登って来た甲斐があるってもんだ。
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そして赤岳山頂(標高2899m)へ到着。(7:40)
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360度の絶景が広がります。
野辺山の里を一望。
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そしてまた富士山。何度見ても飽きない。
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 赤岳山頂を後にして横岳へ向かいます。険しくも美しい稜線が続いてます。
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 履物はいつものようにワラーチなんだけど、あまりの風の冷たさに登り始めから五本指ソックスを履きました。フットベッドとの間に布切れ一枚挟むだけでワラーチとの一体感が薄まるので好きではありませんが。
  険しい岩場が続きますが、この夏に登った奥穂から北穂の稜線に比べれば何てことはありません。
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稜線の北側斜面は真冬です。
岩清水は氷になってる。
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 草っ葉の凍りついた夜露が太陽の光に照らされ銀色に輝いてとても幻想的。

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 日が昇るにつれ富士山の姿も変化します。山頂の白雪が光に照らされ絵に描いたような富士山になってきました。(9:40)
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少し気温が上がってきたのでソックスを脱いで素足になります。
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 風は冷たいけどやっぱり素足が気持ちいいのだ。歩いていれば血が巡りそんなに寒くない。
 いくつかのピークを経て横岳山頂(2829m)に到着。(10:20)
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 硫黄岳へのなだらかな稜線が見渡せます。なんだか走れそう。でも実際は岩がゴロゴロして走れたもんじゃありません。
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 硫黄岳山荘でお約束の山ラーメンを食べます。サッポロ一番みそラーメン。山で食べるラーメンはなんでこんなに旨いんだろう。(11:30)
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 硫黄岳へ向かうガレた斜面を登ります。強風で飛ばされそうになりながらあっという間に硫黄岳山頂(2742m)に到着。(12:10)
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風がつよいので長居は無用、早々に赤岳鉱泉へ向け下山開始。降りるにつれて風も弱まり緊張も解れます。
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やがて長閑な山道へ。木漏れ日に心が癒される。
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 快調に飛ばして予定より早く赤岳鉱泉に到着しました。食事メニューが充実してます。カレーもスパゲッティも数種類あって食欲をそそられたのか息子がカレーを食べたいと言う。ここまで来れば降りたのも同然だし、頑張ったご褒美にとオーダーしました。さっきラーメン食べたんだけど・・・(13:30)
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 赤岳鉱泉を後にして沢伝いに下って行くと黄色に染まる箱庭のような紅葉の森がありました。紅葉はあまり期待していなかったので、これは自分へのご褒美かな。
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さらに下ると苔むした森に入ります。
神々しい。あらゆる命に神は宿る。
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真っ赤に染まる木々も美しい。
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  山道が終わり林道になるとゴールが近い。ゴールが待ち遠しくて自然とペースが上がります。そう言えば穂高岳縦走の時も涸沢から横尾へ下る山道を走ったな。今回も走った。ハードな縦走の最後に走れるくらい体力を残してるんだから息子も大したもんだと思う。俺もな・・・と自分で自分を褒める。
 
                 
 
そして登山口へ戻り縦走完了!(14:50)
万歳!
よく頑張った。
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帰りはスパティオ小淵沢で温泉入って夕飯を食べました。お腹減ったとか言ってスパゲッティとカツ丼を平らげた。なんだか食べてばっかりのような気もしないではないが、かなり燃費悪そう。
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 自分的には初のテント泊縦走を経験して登山のバリエーションが広がったと思う。
さぁて、こんどはどの山に登ろうか。
 
もっと遠くへ!
 
 
 
 

 
 

 
 
 
 
 

 

 
 

子育てとは人生を二度生きること〜穂高岳親子登山編


  息子の耕平を穂高岳へ連れて行く時が来た。自分の身一つなら明日からだって山へ行けるけど、息子にとっての初めて3000m級の登山が良き経験となるよう、いつもより念入りに準備をしたつもりだ。

荷物の重さは適当だろうか? 

何を食べ、何を飲むか? 

寒い時、暑い時、着替えをどうするか?  

逝ってしまった親父はどんなことを考えたんだろう。

【 8月10日】
 午前中で仕事を切り上げて帰宅。パッキングを仕上げて、夕飯食べて、3時間ほど仮眠。夜11時、車で自宅を出発した。渋滞も無く3時頃には沢渡駐車場に到着する。シャトルバスに乗ろうと5時半くらいにバス停に向かうとジャンボタクシーの運ちゃんが客引き中。9人集まったら1000円だと言う。バスは1250円。なるほど商売になるわ。「あと二人乗れるよ」と言うのでタクシーに乗ることにした。お陰でバスより早くに上高地バスターミナルに到着できた。
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 二十何年かぶりの上高地。大学生から社会人なりたての若かりし頃には何度か来たなぁ。懐かしさが込み上げてくる。  
   河童橋を渡り、岳沢登山口へ向かうと上高地らしい景色に遭遇。こういう幻想的な雰囲気は早朝にしか見れない貴重な瞬間だ。
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さぁ、登山開始!  (5:45)
林間の山道をひたすら登ります。
奥穂高岳前穂高岳を結ぶ吊り尾根がだんだん近づく。
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それとは反対に、眼下の上高地がだんだんと小さくなっていく。この高度感がたまらない。
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岳沢を経てようやく紀美子平へ到着。(10:20)
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  耕平が「眠い、頭が痛い」と言って岩盤の上にへたり込む。軽い高山病だろう。標高1500mから3000mまで一気に登るのだから無理も無い。自分も中二で初めてここを登ったときに、同じようにへたり込んで、その後、奥穂高岳まで荷物を親父に担いでもらった。親父との忘れられない思い出の一つだ。
  耕平をそのまま休ませておいて、独り空荷で前穂高岳山頂へアタック。
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槍ヶ岳が見えた!やっぱ槍を見ると気持ちが高ぶるなぁ。

 実は今回はワラーチでの初アルプス登山。シューズよりも履きなれたワラーチなので今のところ問題無し。風通し良くてむしろ快適。この先どうなることやら。それは未知の世界。
 紀美子平から吊り尾根をつたって奥穂高岳へと進みます。
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 相変わらず耕平は調子が悪い。それでも自分の足で前に進むしかない。それが一つの学びとなる事を親として願う。親父もそんな風に思ってたのだろうか。

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険しい道が続く。

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そしてついに奥穂高岳山頂へ辿り着いた。(13:30)

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 標高3190m。日本で三番目に高い山だ。僕は3回目、耕平は生まれて初めての3000m超え。
  耕平も元気も出てきたようだ。山頂の祠の前で男らしく胡座をかいて何を想う。
 身体が高度に慣れてきたこともあるだろうが、神が降臨したというこの山の頂には、エネルギーが集まっていて人に元気を与えるのだろう。
  山頂から少し降りたところで今夜のお宿、穂高岳山荘が見えた。しかし、とんでもない絶壁。耕平も思わず「マジかよ」と叫ぶ。
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恐怖を味わいつつ無事に山荘到着。(14:40)

 お盆休みなので覚悟はしてたけど、チェックインの時「今日は一つの布団に二人でお願いします。」と言われる。(結局、それほど混雑せず一つの布団に一つで快適に眠れました。)
 夕飯は17:40から。豪華とは言えませんが、ご飯と味噌汁はおかわり自由なので、耕平はおかわり3杯!
それだけ食べれたら明日は大丈夫だ。
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 夕飯のあとも時間はたっぷりあるので、のんびり珈琲&紅茶タイム。標高3000mで飲むスタバは格別だ。
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  耕平は遥か眼下の涸沢を眺めながら大好きな“ゆず”を聴いたりなんかして、贅沢なひととき。
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 日が沈み明日の支度を済ませて就寝。こうして無事初日が終わる。

【8月12日】
 日の出前に朝食を済ませるため、自分は 3時過ぎに起きて準備。4時頃に耕平を起こして朝食を食べます。朝カレーに朝パスタ。軽量化と時短のためフリーズドライですが、山の上では何でも美味しく食べられます。f:id:YSTiseki:20150814133814j:image
  
残念ながら雲に遮られて御来光は拝めませんでしたが、雲海に浮かぶ八ヶ岳連峰のシルエットに魅了される。あそこを端から端まで縦走したい。
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 そして、北穂高岳へ向けていざ出陣!(5:40)
 
 初日にも増して険しい岩場が続きます。小便チビりそうな絶壁を鎖や梯子で登ったり降りたり。さすがに心配なので「3点確保」を何度も繰り返し声がけする。手を放したら滑落して死にます。
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 人を拒絶するかのような岩場に、逞しく花を咲かせる高山植物に心が和む。

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 ふと見ると遠くに富士山。
どこから見ても美しい山だ。
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 振り返ると歩んできた道が・・・道ってどこよ ? 指輪物語にでも出てきそうな威厳のある岩山に圧倒される。あそこを乗り越えてここまで来たんだと思うと感慨深い。
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そして、ようやく北穂高岳山頂への分岐点へ到着。(8:40)

耕平は休みたいと言うので自分だけ空荷で山頂アタック。
 北穂高岳山頂からの眺めは抜群です。
槍が岳とそこへと向かう険しい稜線が一望できる。まだ恐怖感冷めやらぬ時に見ると身震いが止まらない。でもあの頂きを見ると踏破してあそこへ辿り着きたいという気持ちも湧いてくる。そうやって山は人々を引き寄せるのだ。
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さて、ここまで無事にワラーチで辿り着いたわけだが、途中、たくさんの人に「サンダルで凄い」「怪我しませんか?」「修行ですか?」と声を掛けられた。トレランレースだとちゃんと「ワラーチ」と呼んでくれる人が増えてるのだが、登山の世界ではまだまだ認知度が低いようだ。実際のところ、これほど険しい岩場でワラーチってどうなのかと言うと、けっこうイケる。足指が自由に動くしソールも柔らかいので、岩盤をよじ登ったり降りたりする時に岩肌の凹凸を掴みやすいのだ。ゴツい登山靴だと微妙な凹凸は感じ取れないだろう。足を守るために足の機能を殺すことが本当に安全なのかと疑問に思う。岩角に足をぶつけて切ったりしないか心配にもなる。しかし、慎重に足を運んでいる限り、仮にぶつけても切れるなんてことにはならない。そもそも自然の岩角はいくら尖っていても刃物のように鋭利ではない。人工物の方がよほど危険。さらに突き詰めると裸足が最も安全なのかもしれない。もちろんシューズに飼い慣らされて眠ってしまっている足本来の機能を目覚めさせた上での話だが。

  待たせている耕平を気にしつつも山頂にある北穂高岳山荘(^_^)vのテラスの珈琲があまりにも美味しそうなので御賞味。槍を眺めながらの淹れたて珈琲は最高です。
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 分岐点へ戻ると耕平は、おあつらえ向きの岩盤の上で絶景に囲まれて堂々と昼寝してる。すっかり山男になったようでちょっと嬉しい。    f:id:YSTiseki:20150814153219j:image

 分岐点から涸沢まではガレた下りが延々と続く。普通だとキツくて弱音を吐きそうなとこだけど、奥穂高岳から北穂高岳までの恐怖の岩場に比べればなんてことはない。だんだんと近くなる涸沢を眺めながらハイキング気分で下る。
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  涸沢小屋へ到着。(11:30)
ここまでくればもう安心。
昼食はサッポロ一番みそラーメン。旨い!
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せっかくなので雪渓を歩いてみた。 真真夏の雪は、耕平には生まれて初めてだろう。
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涸沢からの下りは傾斜も緩やかで足取りが軽い。
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  早く上高地に辿り着いたい一心で耕平が走り出す。トレランなら負けるわけにはいかないと走るが、こっちは荷が重いしなかなか距離が縮まらない。結構、速い!
ハードな登山の最後に、これくらい走れるんだから大したもんだ。こんどはもっと走れる山へ連れて行くかなぁ。
   youtu.be

あっという間に横尾到着。(14:15)

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ここから上高地まで梓川沿いに心地良いフラットな林道が11km続きます。

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上高地へ向かって、歩いたり走ったりしながら黙々と進みます。

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牧歌的な徳沢園キャンプ場を過ぎ、

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明神館まで来ると上高地はもうすぐだ。

そしてついに上高地へ無事帰還。(16:20)

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よく頑張った!

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お父さんも頑張った!

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  登山とは無縁な観光客で賑わう河童橋から、遠く穂高岳を眺め、優越感と達成感に少しばかり酔う。それも上高地の魅力。 

また来よう。

こんどはどの山に登ろうか。

【登山を終えて】

耕平がまた山に登るのかどうかは分からない。父から子へ何かを伝えられたのだろうか? 言葉で説明できない何か。もしかしたらある時、フッと身体の奥底から湧いてきて山へと突き動かされるかもしれない。自分は今は亡き父からそんな何かを受け取って、大人になった今もこうして同じ山に登ってるのだから。

(おわり)

 

 
 
 



 
 
 

子育てとは人生を二度生きること

  週末に、息子との瑞牆山(2230m)を登った。ちょうど四年前の苗場山(2145m)登山以来だ。
   実は今年のお盆休みに奥穂高岳(3190m)登山を計画している。何も大混雑のお盆休みに行かなくてもと言いたいところだが、仕事と部活が両方まとまって休めるのはここしかないのでしかたない。さすがに3000m級の山ともなるとぶっつけ本番は心配なので、今回の瑞牆山登山は息子の体力テストのつもりだ。

  中学でバスケ部に入ってから、小学生の頃のポッチャリ体型から見違えるように身体が引き締まってきたので大丈夫だろうと思うが、どうなることやら。

 まずは登山口で同行してくれたラン友三田さんと記念撮影。頼り甲斐のある兄貴って感じだね。さて息子のこの笑顔が最後まで持てばいいのだが。
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  登山口から山頂までの距離は4kmと短いのだが、山頂付近は岩場の急登。奥穂高岳の予行演習に相応しい。そんな岩場も難なくクリア。
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そして山頂到着。
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余裕ありそうなので一安心。三田さんは服脱いじゃったりして野生化してる・・・

山頂からの景色はサイコー!
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奇岩に圧倒されます。
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遠くに八ヶ岳連邦の美しい姿。
いつかあそこを縦走したい。

  絶景を堪能し、珈琲を淹れて寛いだところで下山開始。実は岩場の下りは登りよりも怖いし脚を使います。丁寧に足場を見つけながら降りて行きます。
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 ふと見ると登山ルートの傍にあるたいがいの大岩の足元には、何故かたくさんの細木が立て掛けてある。「倒れるなよ」というおまじないなのか? こんなもんで支えられるわきゃないけどなぁ。人間って面白い。
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 岩場を抜けると深い緑に包まれた心地良いトレイル。午後の柔らかな木漏れ日に癒されながら登山口へと降りていきます。気分爽快。
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そして無事下山。
体力テストは合格!
あとは奥穂高岳に挑戦あるのみ!
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  帰りは近くの温泉で汗を流してスッキリ。身長が同じに見えるけど必死で背伸びしてます。親を追い越そうと背伸びしたい年頃なんだろう。自分もそうだったのかなぁ。

  さて、今回の荷物は今度の奥穂高岳を想定したフル装備でした。自分はOMM32L、息子には僕がトレランレースで愛用のOMM15L。
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  穂高へ行くのがお盆なので山小屋の混雑があまりに酷いなら(もちろん天候が荒れてなければだが)テント泊もできるように自炊道具、テント、シュラフ、マット、防寒着・・・e.t.c.
かなり重くなりますが、走るわけじゃないし自分が重いのは平気なのでトレーニングだと思って担ぎます。
  気になる重さは、水や食料入れて僕が12〜13kg、息子が4〜5kgくらい。昔の登山に比べれば格段に軽量と言って良いでしょ。(かなり道具に投資してます^_^;)
  
  ここでようやくこの話の「落ち」を書くことにしよう。

  何故いきなり奥穂高岳へ連れて行くのか?

  それは自分が今の息子と同じ中二の時、親父にいきなり奥穂高岳に連れて行かれたからだ。なんて無謀な!と今も思わなくもないが、自分もその時バスケやっててそこそこ体力はあったし、息子も同じように行けるんじゃないかと・・・
  なんて偉そうなこと言って実は初めての3000級はへこたれた。初日に岳沢から前穂高岳に登る途中で高山病になり吐き気と頭痛でフラフラになったのだが、親父が自分の荷物を全部担いでくれたお陰で空荷で、なんとか日の入り前に奥穂高岳山荘へ着くことができた。親父って凄いわ。
  無事辿り着いてホッとした時に、山荘の眼下に生まれて初めて見た広大な雲海とそこに浮かぶ富士山と沈む夕陽の美しさに、高山病の苦しさが一気に吹き飛んだ。その後、大学生になって自分で登山を始め、再び奥穂高岳に登ったのも、今回、息子を奥穂高岳へ連れて行こうと思ったのも、この一瞬が原体験として心の奥底に深く刻まれているからだと思ってる。
  その親父は13年ほど前に65歳で早死にしてしまった。僕を山へ連れて行ってくれたのは親父が40歳くらいの時だ。何故、息子をそこへ連れて行こうと思ったのか今や知る術もない。当時にFacebookがあって何か書き残してくれてたらなぁ、生きてる間に聞いとけば良かったなぁ、と今更ながら思う。

「子育てとは人生を二度生きること」と言われるが、こうして自分と息子の人生の時空を重ね合わせてみると、ほんとにそうなんだなと染み染みと感じる。
 親父に感謝!


 
 

  



命を食らう

  今年は6月が気温低めで雨が多かったせいか畑のトマトの出来は今ひとつ。それでもこの時期は収穫最盛期で、週に2〜3回、朝採りのトマトが食卓に山盛りで置かれる。

これは今朝の収穫。

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10分程前にもぎ取ったばかりのトマトには、生気とも言える温もりがあり、単に冷えてないというのとは明らかに違う。このトマトをブドウを食べるかの如く夢中になって食らう。

 甘いとか栄養があるとかそんな単純な事ではなく「命を食らう」と強く感じる。

何かを考えたり伝えたりするのに言葉は無くてはならないものだけど、言葉の外に切り捨てられるものの中にこそ、物事の本質が隠れていたりするものだ。

世の中は空前の健康ブームで、僕の大好きなランニングの世界でも、パレオダイエット、低炭水化物食、ヴィーガンなど様々な言葉が飛び交ってる。

言葉にした途端、あれは良いけどあれはダメみたいな切り捨てが始まる。

つまり、頭で考えるとは、断片を切り取って単純化するということなのだろう。それはそれで複雑な現実を生き抜く為に人間が獲得した大切な能力なんだろうと思う。

しかし、時には、頭で意味を理解しようとせず、今朝食べたトマトのように、その複雑な現実の“生”をそのままに感じとって腹に入れることが、人間の“生”を取り戻すために必要なんじゃないだろうか。



第2回上州武尊山スカイビューウルトラトレイル  ワラーチ完走記

 以前からブログを書いてみたいと思いつつも、腰を落ち着けて時間を割くのも面倒なもので登録だけの幽霊ブロガー(?)でした。しかし、今回はこの30時間を超える長きに渡るエキストリームなレースの記憶を文字に刻んでおきたい気持ちが強く、生まれ初めてブログなるものを書いてみました。

【7月18日】
 今回偶然にも同じレースを走ることになったTwitter繋がりのラン友の滝澤さんと、三連休でごった返す東京駅新幹線ホームで無事合流。ランニング談義していたらあっという間に上毛高原駅到着。ここらかシャトルバスが出ます。外はけっこうな雨。厳しいレース展開を想像してちょっと不安。バスの待ち時間に昼飯食べようとレストランを探しますがありません。しょうがないので駅の立ちそばでうどんを食べてカーボローディング。トレイルランナーにとっては立ったままの食事などジョーシキでしょ。
  受付会場に到着するとランナーが大勢集まってます。まずは荷物チェック。ランダムに指定された必携装備品6点を見せます。一つづつ指示される度に大慌てで探して出してはスタッフに見せます。まるで運動会の借り物競争さながら。無事チェックをパスしたらようやく受付です。年代別に列がありますが50代はガラガラで誰も並んでません。ラッキー!・・・というか俺ってひょっとして年寄り⁉︎
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  ここでやはり偶然にも同じレースにエントリーしてたTwitter繋がりのラン友、山本さんと合流。その日は滝澤さんと3人、同宿同部屋で寝泊まりします。
  受付終了後は、ブリーフィングで鏑木さんによるコース説明。
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  コース前半の関門通過がかなりキツそう。このコース走れたら海外のどんなトレイルレースでも走れるそうです。つまり、ここをワラーチで完走できたら世界中のどんなトレイルレースでもワラーチで走れるってことだな。望むところだ!

  ブリーフィングの会場で滝澤さん、山本さんのTwitter友達アイスマンさんと初対面。なんと偶然彼も同じ宿。出逢いとは偶然を装った必然なんだろうといつも思う。アイスマンさんがマイカーで来場されていたのでお言葉に甘え、便乗して宿に向かいます。会場を離れるにつれ道が細くなり、本当に宿があるのかと心配しましたが無事到着。ペンションABCです。
  
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 予約の時からなんだか頼りなくて不安だった宿の主人。案の定、2食付きで予約してたのに素泊まりになっていた。これが普通の旅行だと「ええぇ~、マジかよ!」ってことになるのですが、トレイルランナーたる者、そんなことで動じることはありません。粗食には慣れてます。 というわけで、部屋に荷物を置いて、アイスマンさんの車に再び便乗させてもらって、まずはコンビニへ夕飯の買い出しへ。
 買い出しから帰ってある程度レースの荷造りを済ませたところで、せっかくだから、近く(かどうか気にもしませんでしたが)にある田園プラザへ散歩に行こうということになりました。どうやら日本一の道の駅らしい。
 出発。宿の真ん前に見たこともない野菜の畑が広がってます。宿の主人に聞いたら蒟蒻だそうです。
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 おっさん4人が、あーでもない、こーでもないと駄弁りながら遠足のように田舎道を行きます。直前まで降ってた雨も上がり「本当に明日レースなの?」というくらいに、夕暮れ時の光に照らされたホビット庄のように美しい里山の景色を堪能しながら始終リラックス。
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途中の神社で完走祈願。
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 田園プラザが近づいてきた頃、眼下に吊り橋が見えました。去年完走した山本さんによるとゴール直前にあの吊り橋を渡るらしい。「よし、あの橋を渡るぞっ!」と完走への意欲が湧いてくる。イメージできるかどうかって物事の実現性に大きく影響する。だから、この橋を見れたのは本当に良かったと思う。
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 18時に田園プラザ到着。ここで夕飯食べるつもりが18時に閉店。「日本一にしては閉まるの早いなぁ〜」と文句を言いつつも緑溢れる素敵な空間には納得。
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 帰路は、さすが強者トレイルランナーらしく山越えトレイルコースをチョイス。
石段激登り有り、シングルトラック有りの本格的(?)コース。本能が目覚めて上半身裸で雄叫びをあげる山本さん。レース前にこんなことしてていいのかと思いながら、みんなトレイルが大好きなんだと再認識。なんだかんだで5kmくらい歩いたんじゃないかなぁ~。まぁ120kmに比べれば誤差みたいなもんだけど。
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 その後、コンビニで買った夕飯を食べて風呂入って最後の荷物チェック。いつもは独りでレースに出ることが多いのですが今回は仲間がいるので皆さんのパッキングを参考にしながら思い切って軽量化しました。水入れてたぶん6kgくらいかな。
3時半の起床に備えて20時半には就寝。
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【7月19日】
 ずいぶんと前振りが長くなりましたがいよいよレース当日。お天気は晴れ。やる気がふつふつと湧いてきます。もちろん履物はワラーチ!  この時はその後の泥地獄の何たるかを知る由もなく・・・
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 レースプロデューサーの鏑木さんから暑くなるので水分補給をしっかりとのアドバイス。
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 そしてスタート!(6:30)  長くて過酷な旅の始まりです。
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 標高差1500mを一気に登ります。渋滞気味ですが一列ですからメジャーレースのハセツネなんかに比べたら大したことありません。

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 高度が上がり森を抜けるとパッと視界が開け下界を一望。トレランに限らず山登りのこの瞬間がたまらなく好き。
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 2000m付近は残念ながらガスって景色が見えず。
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見えないスカイトレイルを頭に浮かべつつ今度は一気に1200mくらいに下ります。岩だらけの急峻な登山道(トレイルと呼ぶ気がしない)です。
 みんな恐る恐る脚を運びます。
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 自分はワラーチなので人一倍慎重に下ります。
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この後に待ち受けていたのは泥々の登山道でした。開放的なワラーチは足裏とフットベッドの間にあっという間に泥が入り摩擦抵抗を失ってしまいます。こうなると単にソール下面と地面が滑るより厄介で、足が二重に不安定で重心がちょっとでもブレるとノーコントロール状態に陥ります。特に下りでは、身体の前滑りを鼻緒で受け止めるため紐に局所的に過大なテンションが掛かります。切れやしないか、皮膚が裂けやしないかとヒヤヒヤ。
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 半ばパニック状態で「俺はこんなところでバカみたいに何してんだろう」とか「こりゃ完走無理かな」と悲観的な気持ちに覆われていたその時、下の方から沢の水流の音を聴こえる。Facebook繋がりの泉田さんがワラーチで泥沼走った時、「沢で水洗いしたら復活した」って書いてたのを思い出して気持ちに明るさを取り戻す。シューズランナーにごぼう抜きされながらようやく沢へ辿り着く。
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そして足をドボン。
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  冷たい水が心地良い。砂漠にオアシス有り、泥沼に沢有り。命拾いしたような気分。泥を落とし、気を取り直して出発です。その後も泥沼→沢→泥沼→沢を繰り返し、何度も心が折れそうになったけど、ワラーチも、自分も、なんとか耐え忍んで傾斜の緩い林道までなんとか下山できて一安心。林道、ロード、古道と心地良い道を進み、もうすぐ第2エイドだと思ってたら、ガーン!
  何じゃこりゃ? スキーゲレンデをゴマ粒みたいなランナーが列をなして登ってる。鏑木さんはマゾかぁ? (そもそもこんなエキストリームなレースに出てる自分もドMかな?)でも泥沼に比べりゃなんてことはないなどと自分に言い聞かせてトボトボと登ります。
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 ゲレンデを越えて第2エイド到着。(宝台樹スキー場35km、13:46)
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何はともあれ暖かい豚汁に梅干しぶち込んで頂きます。
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なんだか居心地の良いテラス風の空間。
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いかんいかん、こんなところで長居しては。ワラーチの紐を締め直し第3エイドへ向け出発。再びあの泥沼の急峻な登山道を登るのかと思うとちょっと憂鬱だけど、下りより登りの方が無難なはずなのでなんとかなるだろうと気を持ち直す。
  往きには心の余裕もなく寄らなかった武尊山神社で完走祈願。
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 さっき下った泥沼登山道を、今度は泥沼→沢→泥沼→沢と登り、再び西の剣ヶ峰へ到着。相変わらずガスってたけど一瞬だけスカイトレイルが現れて気持ちが高ぶる。
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花の写真撮ったりして余裕かましてたら雨が降ってきた。
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 汗も雨も同じだと前へ進む。そして最高峰の武尊山頂へ到着。寒くて心細いので山頂記念写真撮るなり雨具を着て先を急ぐ。
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  この後、日が沈み暗闇の中なので写真はありませんが、第3エイドまでの下りは、再び泥沼地獄と刈り込んで足に刺さりそうな熊笹地獄に再び心が折れそうになったことだけは記しておきます。
 第3エイド到着。(武尊牧場スキー場53km、19:54)
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 安堵のひととき。初めて「完走できるかも」と思えてきた。
 ドロップバックが待つ第4エイド(オグナほたかスキー場67km、23:51)に着くとかなり気持ちに余裕が出てくる。まだ半分と考えるか、もう半分と考えるか、選ぶのは自分だ。
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 汗だくのノースリーブシャツから長袖シャツに着替えて気分もスッキリ。ジェルやエナジーバーも補充し気持ちを新たに出発です。
【7月20日】
 ロードと林道を順調に進む。泥沼急斜面に比べりゃイージーだ。夜は景色が見えない分、走ることに集中できる。真っ暗闇を独り黙々と走ってる時、夜空が晴れてることに気づいた。足を止めてヘッドライトを消してみる。真っ黒な森の木々が輪郭となって満天の星空がクッキリと浮かび上がる。ワクワク感で、疲れた身体にもエネルギーが満ちてくるような感覚。今思えば、その時、本当に宇宙の彼方の星々からエネルギーを受け取ったのかもしれない。
 そして第5エイド到着。(赤倉林道入口82km、2:09)
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第6エイド(樹恵里 前96km、5:32)に到着した頃に夜が明けます。不思議と眠気は感じない。
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ひと山越えて最終(第7)エイド到着。(太郎大日堂102km、7:22)
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 ゴールまで残すところ21km。しかし最後の21kmの累積標高が2000mを超えるので侮れません。やっぱ鏑木さんはマゾだ!と再び思う。出発してすぐに延々と林道のつづら折りをひたすら登る。とにかくキツイ。しかし、お天気が良くて朝の光に照らされた緑の森と雄大な景色に始終、心を癒されたのでキツイけどツライではなかったように今は思う。ツライ気持ちはすぐに消え去るのでその時本当にどうだったかはもうわかりません。未来と同様、過去も頭の描いた幻想でしかありません。
 素晴らしいトレイルに下手な言葉は要りません。
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  雨乞山に入る登山口に入ると、いよいよクライマックス。木漏れ日の気持ち良い尾根道を行きます。溢れんばかりの緑の草木に魅せられながら「トップランナー達はここを夜の間に走るのかぁ。もったいない。遅くて良かった」「100km走った後ではなく、ここだけを走りに来たい。」なんて思いつつ一歩一歩ゴールへ。
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  ここでちょっとしたエピソードがありました。雨乞山山頂のちょっと手前の最終のウォーターエイドで休んでると、ゴール側から実に軽やかに走って来るランナーがいます。誰かと思いきやコースプロデューサーの鏑木さんでした。あの穏やかな優しい声で「あまりにも暑いので心配なのでちょっと見に来た」そうです。鏑木さんのホスピタリティーに感動。制限時間が気になるのでツーショット写真も撮れずに出発。今思えば惜しいことをした。
  出発してすぐ雨乞山へ到着。突然視界が開け、眼下に沼田の河岸段丘の独特な地形が広がる。見たことのない光景に息を飲む。ここまで頑張って走ってきたご褒美だな。残すところ5km。
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  酷使した大腿四頭筋の酷い痛みをこらえつつ下っていると、後ろから「そんな草鞋(わらじ)でよく走れますねぇ。怪我しませんか?」と声を掛ける人が。誰かと思いきや、なんとさっきウォーターエイドで会った鏑木さんでした。音も無く軽やかな足運びで、あっという間に前方に消えていく後ろ姿は、まるで白馬の王子様(おじさま)のようでした。
  雨乞山から下ること3kmで里へ出ます。森の中と違ってカンカン照りの暑いロードに入ると気持ちが萎える。「もう走りたくないわ」なんて思いながも前へ進むと、「見えたぁ!」そう、あの吊り橋。ついにイメージが現実となる。
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 この橋を渡ればゴールだ。最後の力を振り絞って走ります。
 橋を渡ってゴール直前、先にゴールした滝澤さんが出迎えてくれて、写真を撮ってくれました。
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120km走ったにしては余裕な感じ? ゴール前は、どんなに疲れていたとしても、脳が身体のどこかにセーブしておいたエネルギーが解放されて湧いてくるのだろうか。
 そしてゴール!
 時刻は13:10。30時間39分44秒の長い長い旅がやっと終わる。制限時間50分前でした。
 フィニッシュゲートの直後、待ち構えていた鏑木さんと固い握手。鏑木さんの視線は、どう見たって僕の足下だよな。この後のコメントは、「よくこんな草鞋(わらじ)で完走されましたねぇ。」といたく感心されました。「草鞋じゃなくてワラーチです。」って駄目出しなんて野暮なことはしません。鏑木さんのホスピタリティーはいつも本当に素晴らしい!
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 120kmを耐え抜いた脚は、草木で引っ掻いた傷とブヨの噛み跡で痛々しく、筋肉は悲鳴を上げて歩くのもままならないのですが、膝、腰、足首などの関節系や骨は、ほとんど痛みがありません。これこそがワラーチランの神髄!レース中も多くのランナーに「ワラーチで120kmもすごいですね」と声を掛けていただきましたが、もしかしたらワラーチだから完走できたのかもしれません。(実際は何か一つの理由が完走に導いたのではなく、心技体の全ての総合力なんだと思います。)滝澤さん、山本さん、アイスマンさんも無事完走。4人全員完走で喜びは倍増です。
 そして最後に、ほぼ無傷で僕の完走を支えてくれた、頼りになる相棒ワラーチに感謝!
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-あとがきー
 読み返してみるとあまり過酷さが滲みでてない気がする。レース中はもっと辛かったのだが・・・  どうやらレース後の記憶は、辛かったことが速く薄れ、気持ちの良かったところが強く余韻として残るのではないだろうか。だから、また懲りずに、というか飽き足らずにさらにエキストリームなレース探し求めるのだろう。さて次はどんな旅に行こうか。
(終わり)
 
【リザルト】
通過点 到着時刻 区間時間 通過順位 出走数
スタート  6:30:00    -     498
エイド1  8:21:51  1:51:51   179   497
エイド2 13:46:34  5:24:43   257   441
エイド3 19:54:28  6:07:54   254   327
エイド4 23:51:35  3:57:07   272   298
エイド5  2:09:16  2:17:41   245   293
エイド6  5:32:26  3:23:10   229   280
エイド7  7:21:51  1:49:25   234   267
フィニッシュ 13:10:44  5:48:53   242   263
    記録 30:39:44  完走率  52.8%
 
順位は比較的安定してます。完走率52.8%。第3エイドまで到達できなかった人がとても大勢いたようですが、やはりあの泥沼の影響が大きかったのではないかと思います。このコースを完走するには、やはり心技体の総合力が必要とされます。
 
 

Pain is inevitable. Suffering is optional.

 これは、村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』(文春文庫)の中の一節だ。自分なりの解釈は「痛みは避けられないが、苦痛は選択可能」ということだ。このことについて裸足ランを通じて思うことを書いてみた。
  11月22日につくばマラソンを裸足で走った。
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今年の東京マラソンに続き2回目の裸足でのフルマラソン挑戦だ。東京マラソンはFUN RUN気分で写真を撮ったり、エイドで立ち止まって食べたり飲んだり、のんびり5時間掛けて完走したが、今回のつくばはサブ4を目標に真剣に走った。結果、3時間55分10秒で完走し目標を達成した。
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ワラーチでの自己ベストが3時間32分なので4時間切りはペースとしては問題無い。足裏に傷がつかなければ達成可能と思ってサブ4を目標とした。実際に走ってみれば、つくばの路面が全体的に滑らかだったということもあるが、足裏は無傷だった。
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足裏のことばかり気にして、いつも気にしてるペース配分とか補給を全く気にせず走ったもんで、30km過ぎてペースが落ちたり(と言うのも前半の路面が良かったので時間を稼ごうとハイペースで走ったので)、脚が攣ったり(裸足なら攣らないかななどと勝手に思い込んで塩分補給もせず、水分も糖質も無計画)してペースガタ落ち。サブ4は諦め掛けたけど、そこはウルトラマラソンの経験もあって完走は諦めないつもりで走ってたら復活!最後5kmくらいは再びペースを取り戻してギリギリのところでサブ4達成。結構なマイ・ドラマがありました。
  2回目の裸足フルであらためて感じたこと。裸足で走ってるとたくさんのランナーが声を掛けてくれる。「凄いですね」「痛くないですか?」「怪我しないように」「尊敬します」「裸足頑張れ」とか。その度に手を上げて「頑張ります」「大丈夫ですよ」とか返事してると痛くても気分が良い。「痛い」けど「苦痛」ではない。これは裸足ランの楽しみの一つだ。
 さて、前置きはこれくらいにして本題へ移る。「痛み」とは身体への「入力信号」(刺激)だ。裸足で走ってると足裏から路面状態が圧力信号に変換されて入力される。脳がそれを「痛み」として感じ反応する。これは人間の本能に属する機能であり万人に共通する。例えば針のように尖った物を踏めば局所的で急速な圧力変化に「あ痛っ!」と即座に足を引っ込めるだろうし、少しザラザラしてる程度なら痛くもないので身体も特に反応しないだろう。針の筵(むしろ)を歩くなんてのは拷問の一つで極度の「苦痛」を強いるものだ。そう、反応には、身体の反応と心の反応があるのだ。
 初めて裸足で走るとアスファルトでさえも痛くて我慢できず「こんなんで走れる筈ないわ」と思う。つまり「苦痛」に耐えられない。ところが3〜4日(個人差はあるかもしれない)続けていると、なんだか「痛み」に慣れてくるせいか鈍感になって「苦痛」ではなくなる。きっと「この程度の痛みは命に別状はない」と判断して反応回路を組み替えてしまうのではないかと思う。「痛み」という入力信号は同じでも脳の反応は異なるのだ。
現代はシューズなるもののおかげで足裏に刺激を受けることが殆ど無いもんだから脳が過剰反応を起こしてブレーキを掛けてしまう。脳こそが自分だなんて考えないで身体を信じてやれば、やがて脳も気づいてブレーキを解除する。つまりこれが「苦痛」は選択可能であるということの自分なりの解釈だ。
  文明の力に依存せざるを得ない時代だけど、時には自分のできる範囲で文明の力を脱ぎ去って原始の人間の感覚を取り戻すということは、これから先の不安定な時代にあってとても大切なことだと思う。本当の強さは身体の外ではなく身体の内側にある。
身体の復権。
GO WILD!
ということでオチがついたのでこれで終わりにします。