もっと遠くへ

山が好き。走るのが好き。さぁ、果てしない旅に出よう!

Burning Run Air

ある日のこと、韓国留学中の娘から、済州島で開催されるBurning Run Airという聞いたこともないランニングイベントのお誘いがあった。レースじゃなくてFUN RUNイベント。それもたったの8km。

Burning Run Air – 버닝런에어

ランニングなんかやりそうになかった娘が何故か韓国で走り始めた。ソウルのランニングクラブで走ってるらしい。ランニング的には物足りないが、娘と二人旅なんて初めてで最後かもしれないので誘いに乗ることにした。

4月26日

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成田から直行便で済州空港へ。雲の上に見える山は漢拏山(ハルラサン、かんなさん)という済州島にある韓国最高峰(1947m)の山だ。

成田から2時間半ほど、あっという間に済州島に着く。ソウルから国内線で来た娘と空港で合流。

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空港からタクシーで1時間弱。北東の城山へ向かう。

ホテルにチェックインしてまずは遅い昼ごはん。小ぶりのアワビや貝の入った鍋。韓国らしい海鮮鍋。マシイッソヨ。

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食事の後、タクシーを飛ばして近くの海岸へ行く。最近人気のスポットらしい。

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あいにくの曇り空で、なおかつ寒い。それでもいい感じの海岸。「韓国の湘南」と勝手に命名

寒いのでCafeに入る。

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窓から見る海が素敵。

海岸には海を眺めるCafeがたくさん立ち並ぶ。去年の12月にソウルに行ったときもCafeがたくさんあった。韓国は空前のCafeブーム。日本よりCafe密度高い。

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ホテルに戻るころには陽が暮れて夜になる。

夕飯に出掛ける。

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韓国で刺身を食べるのは20何年かぶり。実は会社入ってすぐ鉄鋼関係の仕事で何度も韓国を訪れたことがある。その時はよく食べた。日本ではマグロのトロみたいに脂がのった刺身が旨いのだが韓国の刺身は淡白。辛味噌のせてサンチュに巻いて食べたりする。

 

4月27日

一夜明けて6時起床。ランニングイベントは午後なので午前中に近くの城山日出峰へ。

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麓から見ると急峻な岩山。登るのが大変そうに見えるけど往復50分らしい。よく整備された遊歩道を歩くとだんだんと傾斜がきつくなる。しっかりとした階段があるので山登りって感じでもないが。ほどなく山頂に着く。

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なかなかの絶景。山頂は火山のカルデラの縁にある。お鉢は緑の草原になってる。外から見た山の荒々しさと火口の大きさからしてかなり激烈な噴火だったのだろう。

下山道は登山道とは別にある。 

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急峻な斜面も立派な階段があって楽々と下山。

下山後は磯の方へ降りてみる。

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侵食が進んで独特な地形。磯もなかなか良い。

その後、城山日出峰を見上げるcafeで朝食。

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イベントは14時から受付で15時スタートなので近くの食堂でゆっくりお昼ごはんをいただく。

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へジャンクというスープ。「胃腸を醒ます」という意味らしい。しかし、走る前に山登ったり、cafe行ったり、韓国料理食べたりで走りにきたの忘れそう・・・

 

ようやくイベントのスタート時間がやってきた。

海外で走るの初めて。

もちろんワラーチで。

他にワラーチの人は・・・いない。

日本と違って関心も薄いようで声を掛けられることもない。ちょっと寂しい。でも声掛けられても何言ってるかわかんないのでそれはそれで良かったかも。

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そしてスタート!

タイムの計測もないのでダッシュする人もなく、超ゆるゆるで走り出す。

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朝登った日出峰を見ながら広々とした歩道を走る。

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距離短いので水とエナジードリンクしかないけど一応エイドもある。

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娘のソウルのラン仲間も参加していて写真を撮ってくれた。

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韓国の人は集合写真が大好き。

たったの8kmだからゆっくり走ってもあっという間にフィニッシュ。

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娘にすれば8kmとてチャレンジ。最後までしっかり走って偉い!(親バカ)

 

夜は娘のラン仲間と一緒に打ち上げ。

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昔は仕事で韓国に来て仲良くしてもらったの思い出す。当時は韓国の人が日本語を話してくれたので会話に不自由なかったけど、今回は娘の通訳頼み。皆さん娘より歳上のサラリーマンだけど娘が何ら不自由なく楽しそうにハングルで会話してるのを見て安心した。

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料理は鮑、海老、蟹が山盛り入った贅沢な海鮮鍋。

マシイッスムニダ。

 

4月28日

イベントは終わったけど旅は続く。

朝から近くの牛島(ウド)へ船で渡る。

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15分くらいで牛島上陸。

港にはレンタルサイクル屋さんが立ち並ぶ。電動自転車だ。

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ライセンスは要らないようなので借りることにする。2時間ほどで牛島を一周できるらしい。

海岸沿いの道は車も少なくサイクリングロードのようで走りやすい。

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ペダルを踏むと電動アシストで加速する。最初はちょっとびっくり。しばらく走ると慣れてきた。坂道も力要らずで楽チン。

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白砂のビーチだが砂じゃなくて貝殻みたい。

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高台から城山日出峰を望む。

一周終わって城山へ戻り昼食。済州島名産の黒豚のオギョプサルをいただく。サンギョプサルは3枚バラだけど「オ(五)」とは皮とカルビの2層が加わる。サンギョプサルより少し上等。

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ハサミでジョキジョキ。

しっかりと火を倒しても柔らかくて美味しい。

マシイッソヨ!

この後、済州空港までタクシーで戻る。空港で娘と別れ成田へ。

こうして娘との二人旅が終わる。

たいして走ってないけど、走ってなかったらこんな機会もなかったと思うと走れることにあらためて感謝!

 

 

 

 

 

 

もうひとつの暮らし

今日、畑に行くと、3月17日に種芋を植え付けたジャガイモの芽が出たところで何者かが土を掘り返して芋を食い荒らしていた。

鳥か、小動物か?

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10年以上ここで野菜作ってきたけどこんなことは初めてだ。同じ畑のおばさんに話すと、他の畝でもそうらしい。

そう言えば、最近、周辺の耕作放棄地が次々と宅地に変わってる。人口が減ってるというのに。

 人間の住処が増えることは人間以外の生き物の住処が減ることを意味する。

耕作放棄地というのは、暮らしの場を失った生き物にとっては砂漠の中のオアシスみたいなものなのかもしれない。だから僅かに残されたオアシスに生き物は集中する。そして市街地の耕作放棄地を借りて無農薬で細々と家庭菜園やってる我々の暮らしとコンフリクトする。

これはあくまで僕の想像。

人間には見えていないもうひとつの暮らし。

生き物達の暮らしがあるって想像してみた。

ジャガイモを食べたい君には申し訳ないけど、防虫ネット張らせていただきました。

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耕さない田んぼ(その3)

【4月6日】

3月16日の種蒔きから3週間。

苗はどうなってんだろう?

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こんな感じでした。

成長にムラがあるのは場所によって温度に差があるからだそうです。

苗作りは温度管理が肝なのだ。

もうちょい近くで見るとこんな感じ。

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2葉が出たとこくらい。

ちなみ稲に葉数の数え方は以下。

豊作への道 vol.10 「稲の葉数の数え方」 ( ガーデニング ) - 地獄先生がいく - Yahoo!ブログ

一株を引っこ抜いてみた。

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やっぱり2葉だ。

根もしっかりの伸びている。

2葉が展開すれば水田出しできるんだけど、成長の遅い苗もあるので、もう少しハウス内で育苗することにする。

2葉〜3.5葉で水田出し。

4.5〜5.5葉で田植え。

 

苗のローラー掛けというのをやった。

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ペンキ塗りなんかに使うローラーで苗を押さえつける。ポキって折れちゃうかと思いきや全然平気。

いじめると強い苗が育つらしい。

麦踏みと同じ原理。

人間も過保護はあかん。

耕さない田んぼ(その2)

3月16日は種蒔きでした。同じ地球の仕事大学のマイ田んぼで体験済みなので作業はだいたいわかる。その前に3月2日に選別して浸水した種籾はその後どうなったかだ。

12〜13℃で10日間くらい浸水。

発芽抑制物質のアブシジン酸を除去するためだそうだ。野菜の種と同じだ。この仕組みのおかげで植物はその場ですぐに発芽せず、場所や時期をずらして発芽して種(しゅ)を保存することができる。動物みたいに自分で歩けないからね。

浸水の後は20℃で2〜3日催芽処理。

合わせて12〜13日くらい。

この間の温度が管理が大切なんだけど付き添って面倒みるわけにもいかず、スタッフの萩谷さんにお任せでした。萩谷さんに感謝!

 

催芽後の籾はこんな感じ。

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(爪伸びすぎやf^_^;)

先端のすぐ下の膨らんだところから芽と根が出て来る。芽や根がでる直前のこの状態を「鳩胸」といって播種の最適期なのだ。中には少し芽が出ちゃった籾もあるけど大丈夫。

さていよいよ種蒔き。

苗箱を用意します。

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このままだと土が漏れちゃうので小さな穴があいた薄いプラスチックシートを敷きます。

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次に培土を入れます。

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培土の表面を平らにするためスクレーパーでなぞります。

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催芽した種籾は一箱あたり76g(約2000粒)

数えた人がいるのかな?

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これを培土の上に均一に手蒔きします。

これがなかなか難しい。どうしてもムラができる。性格の出る作業。自分は元来ええ加減だから高いところからパラパラと落とす。

その後に水をやります。

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苗箱を並べてジョウロで均一に水を掛ける。

水やりの次は種籾の上に覆土を重ねます。

角材で苗箱の高さの面で平らにします。

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こうして苗箱が出来上がる。

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できた苗箱を20箱づつ積み上げる。

この山が6つ。120箱。面積にして6反分。

面積何倍やろ。

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山が完成したらシートを被せます。

遮光と保温を兼ねてます。

ここからの温度管理を大変。

土が温度が25℃を超えないよう、10℃を下回らないようビニールハウス内の気温を調節する。

一日に何度かビニールハウスの開け閉めをしなきゃならないので週末ファーマーにはちょっと無理。なのでまたしてもスタッフの萩谷さんにお任せ。萩谷さんに感謝!

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土の温度を管理するため接触式の温度計をセットしてます。

これで種蒔き完了。

これから先、稲はどんな風に成長していくのか楽しみ。

次回は3月30日。

乞うご期待!

 

耕さない田んぼ(その1)

昨年、生まれて初めて米作りを経験した。

なんと言っても米は日本人の主食。

いつからだろう?

「食える」が「お金を稼げる」ことを意味するようになったのは・・・ 

 

 主食を作れるって「食える」の原点だと思う。

 

たった1畝のちっぽけな区間で、たったの23kgしか採れなかったけど、それでもお米を自分で作れたってことは意義深い。 

本気で米作りを学びたい。

 

そんなわけで、今年は本格的に勉強するため、地球の仕事大学の「耕さない田んぼ学部」を受講することにした。

耕さない田んぼ学部 – 地球のしごと大學

3月2日はその第一回目でした。

講師は五十嵐先生、鳥井先生のお2人。

五十嵐先生については↓

50noen|五十野園 - ホーム | Facebook

鳥井先生については↓

農を語る

お二人共、数少ない、そして貴重な自然農の稲作の伝承者であり実践者だ。

 

何故、耕さないないのか?

 

耕さないことで田んぼが多様な生き物の住処となるからだ。田んぼが、プランクトン、イトミミズ、昆虫、鳥などの生き物と多様な植物が持ちつ持たれつ(食物連鎖)の一大生態系となる。その生態系を活かして稲を育てるのが「耕さない田んぼ」だ。

 

生態系がまずあって、お米はそこからの授かりもの。

 

つまりは人間も生態系の一部ということだ。

農薬も肥料も人為だから加えない。

その必要が無い。

基本的な考え方は、故岩澤信夫氏の冬期湛水・不耕起移植栽培に基づく。

究極の田んぼ

究極の田んぼ

 

しかしながら、稲にとって最適な条件は田んぼによって異なる。近頃ありがちな「誰でもできる無農薬の米作り」みたいなマニュアル(方法論)の無い世界。教えてもらったことを鵜呑みにせず、何故そうなるのかをよく観察し、その田んぼに適した育て方を見出すのだ。

例えば、農薬で雑草を殺すのでは無く、雑草が芽吹かない条件を用意するなど。言うは易し、行うは難しだけど。

 

自己紹介タイムの後、実習の場となる田んぼを見に行く。

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谷津田だ。

谷津田については↓

谷津田とは? | 認定NPO法人 アサザ基金

谷津田は昔から水源地であり、様々な生き物や植物の生息地だったのだ。

「耕さない田んぼ」をやるためには水が自由に使えることが条件となる。平地の田んぼは農家さんが水源を共同管理してるので自由に使えない。なので平地ではなく山間部の谷津田になる。谷津田は、場所的に不便だし、小面積なので生産性が低い。真っ先に休耕田になる。そんな谷津田を「耕さない田んぼ」として再生することは、水源地と生態系の復活に繋がり社会的意義も大きい。

まぁそんなことはさておいて

谷津田の景色は気持ちがいい。

 

部屋に戻って稲作の歴史を学ぶワーク。

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縄文から弥生時代へ移る頃に九州で始まった稲作が徐々に東北へ広がっていく。気が遠くなるような年月を重ね、その土地や気候に適した稲が選抜されて反当たりの収量は徐々に増えていくが、自然任せの極めて緩やかな変化だったろう。

畜糞や人糞などの有機肥料を使い出したのは江戸時代から。この頃の収量でも反あたり3俵しかない。

農薬、化学肥料、機械化などが普及したのは第二次世界大戦後。生産性が急速に高まり1985年には反当たり8俵へ。バイオテクノロジーでさらに収率が上がっていくのだろうか?

マネー資本主義経済偏重の時代の中で、生産性を追求すればするほど、田んぼは生態系からどんどん分離していき、そして生態系を壊す。

「農」とは、生態系の繋がりの中で人間が生きて行くために必要な資源を得ることだったはず。

では農薬も肥料も使わない「耕さない田んぼ」は江戸時代以前の収量に逆戻りかというとそんなことはない。8俵くらいとれる田んぼもあるというからびっくり。これは品種改良の成果だろう。その代表格が誰もが知ってるコシヒカリ(1956年品種登録)だ。

それにしても、

8俵とれたら充分じゃねぇの?

だって田んぼはどんどん減ってる。米の年間消費量のピークは1963年だ。田んぼを減らして収量を上げるくらいなら、収量増やさなくてもいいから田んぼが増えた方がいい。

生態系あっての人間なんだから。

国民皆農で休耕田を復活せよ!

農に関わればみんな健康になって医療保険も老齢年金も健全化するだろう。

 

さて、歴史を学んだ後は、種籾の選別についてだ。

種籾の比重にはバラツキがある。そして重い籾の方が軽い籾より成長力が高い。重い籾と軽い籾が隣り合わせだと重い籾が栄養分を独り占めして軽い籾の成長がさらに悪くなる。重い籾と軽い籾を選別してそれぞれがバランス良く成長した方が全体の収量は上がるというわけだ。

農協やホームセンターで売ってる種籾は比重1.13で選別されている。それを前提に比重1.15で重い籾と軽い籾に選別する。

どうやって選別する?

塩水だ。水に塩を混ぜてかき混ぜると比重液ができる。

どうやって比重を測る?

比重計があればいいが一般的なものじゃないのでわざわざ買うのも面倒。そこで登場するのがなんと生卵だ。塩水に生卵を浮かべて水面より上の部分と水面との境界の円が500円玉の大きさなら比重1.15。円が大き過ぎるなら水を加える。小さ過ぎるなら塩を加える。生卵だったらすぐに手に入るし使い終わったら食べられる(笑)

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比重液ができたら網袋に入れた種籾を袋ごと沈める。浮いた籾を掬い取って別の網袋に入れる。

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この後、種蒔きに備えて水に10〜20日ほど浸しておくのだが、これについてはその理屈も合わせて種蒔きの時に書くことにする。

 

今回のまとめ。

100の田んぼがあれば100のやり方がある。

それは生き物や植物が教えてくれる。

答えはその田んぼにある。

何度も試行錯誤してそれを見つける。

それが「耕さない田んぼ」

 

To be continue.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かだけどとても大きな社会問題

もし社会問題を列挙しなさいと言われたら・・・

高齢化

少子化

障害者

子育て

貧困

自殺

地方衰退

農業衰退

食料自給率

原発

地球温暖化

・・・・

まだまだ書ける。

新聞、テレビ、インターネットは社会問題で溢れかえってる。

社会問題は数限りない。

 

そんな社会問題を憂い、

なんとか解決して誰もが幸せになれる社会に変えたい!

と様々な立場で活動している人達がいる。

しかし解決の道は遠い。

 

大きなムーブメントを起こすのは並大抵のことではない。

なぜムーブメントが起こらないのか?

それは大多数の人は関心が薄く動かないからだ。志を持った人が動き始めてもフォロワーがいないとムーブメントは起きない。

リーダーをリーダーたらしめるのはフォロワーだ。社会を変えるにはフォロワーがなくてはならない。

 

日本が変わるスイッチが入っている映像 - 裸の男とリーダーシップ - YouTube

 

リーダーシップは盛んに叫ばれるが、フォロワーシップの話はあまり聞かない。

 

リーダーでもない

フォロワーでもない

その他大多数の存在。

それは

サイレントマジョリティ

 

実はこれが社会問題の根本じゃないかと感じてる。

 

と言ってそこに悪者がいるわけじゃない。

みんな自分や家族の幸せを求め一生懸命生きてる。

そのほとんどの人は会社勤めのサラリーマンだろう。

家族を養うため

嫌な仕事でも

嫌な上司でも

扱いにくい部下でも

お金を得るため頑張ってる。

 

自分もそんな一人。

だけど

「かつてはその一人だった」

と言える自分で在りたいと思ってる。

リーダーになるも良し

最初のフォロワーになるも良し

その他大勢のフォロワーになるのも良し

社会を良くするためにもっと自分の時間を使いたい。

 

 漠然とマクロに綺麗ごとで社会を良くするなんてことじゃなくて、自分の根っこに繋がるテーマにフォーカスして、より具体的でミクロな活動を積み重ねたい。

 

まずは「農」から。

 

今日はその決意表明。

一年後はどんな自分になってるのだろう?

なりたい自分にちょっとは近づいてるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

リベンジT.D.T 100mile~完走への道

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T.D.T 100mileとは何か?

何故にリベンジなのか?

そこで何に気づき、何を学んだのか?

このことについては直後に書いたブログを読んでいただくとしよう。 ystiseki.hatenablog.com

昨年、ワラーチ仲間でTDTを見事に完走したNobbyさんが今年のロッテリー(抽選)に推薦してくれたけど、抽選から外れてウェティングリストに入る。自分の前に15人くらいいたと思う。皆さん、仕事や家族もあるから、一年後のその日の都合など分からない。当選しても事情があって走れない人も出るので、例年、ウェティングリストから繰り上がって出走する人がそれなりにいるそうだ。なので十分可能性があるらしい。まぁTDTを走れても走れなくても、100mileを24時間で完走できる自分を目指すことに変わりはない。そのためにDNFで得た気づきと学びをどう活かすかが大事だ。

そう誓ってリベンジへの道が始まる。

と言って特別な訓練をしたりするわけではない。

とにかく走る。

長い距離を只管(ひたすら)走って心と身体を鍛えるのだ。

そもそもなぜこんな超長距離走の世界に足を踏み入れたのか、自分を振り返ってみる。

自分は速く走ることよりも、人間はどこまで長く走れるかに強く惹かれる。

そのきっかけは、ワラーチで走り始めるきっかけでもあった“Born to run”という本にこう書いてあったからだ。

『人間より速く走れる動物はいるけど、人間ほど長く走れる動物はいない』

BORN TO RUN走るために生まれた ウルトラランナーvs人類最強の“走る民族”の通販/クリストファー・マクドゥーガル/近藤 隆文 - 紙の本:honto本の通販ストア

なんてロマンティックなフレーズなんだろう。そして距離を追い求めるランニングライフが始まる。

ランニングを始めたのは今から6年前の48歳、年男の時だ。

初めて出場した大会は千葉のスイカマラソンだった。10km、1時間切りという目標を達成。今となっては何てことのない目標だが、当時は息も切れ切れにゴールしたことを今でも覚えてる。その後は、10マイル、ハーフ(21km)、フル(42km)と距離を延ばす。フルマラソン3時間32分を自己ベストにサブ3.5がどうしても切れない。このまま速さを追及してもしんどいばかりで達成感に欠ける。やっぱり自分は「速くより長く」を追及したい。もっと言えば「長くより永く」だ。80歳になっても走れる自分で在りたいと思う。

目標が決まれば行動あるのみ。ウルトラマラソンの世界に入り80km、100kmとさらに距離を延ばす。

トレイルランと出会ってからは、大好きな山を若かりし頃より楽に速く登れる自分を発見してハマる。やっぱ山がいい。ロードよりトレイルだ。そしてトレイルランも30kmくらいのショートレースからウルトラトレイルランニングの世界へと距離を延ばし、3年前に上州武尊山ウルトラトレイル(128km、30時間)を完走。ystiseki.hatenablog.com

その後はトレイルでの100マイルを目指す。ところが一昨年のUTMFは悪天候で50kmほどに短縮。

ystiseki.hatenablog.com

 昨年の信越五岳は台風接近で110kmに短縮。 ystiseki.hatenablog.com

 不可抗力とは言え、マイラーへの道は遠い。

しかもトレランレースは100マイルともなるとエントリーフィーが3万8千円とかとてつもなく高い!交通費も合わせるとかなりの出費だ。ワラーチ禁止のレースも増えてきた。(信越は今年からワラーチ禁止となる。)レースに出なくても好きな山を好きに登って走ればいいかなとモチベーションが落ちる。かと言って距離を追求する気持ちは変わらず。

そんな経験と折り重なるようにしてジャーニーランの世界へ踏み込む。

始めてのジャーニーランは、2年前の甲州街道“鳥の旅”という非公開のプライベートイベント。下諏訪から日本橋まで215kmを46時間で踏破するという。エントリーフィーは激安。片道は走って帰るので交通費も激安。夜通し走るので宿泊費もゼロ。

しかし46時間も走るって全く想像ができない・・・

仮眠するのかしないのか?

何をいつどう食べる?

全くの未知の世界だった。

まぁ走ればわかるだろうと思い切ってエントリー。

結果は・・・DNF。

途中から左足首の腱鞘を痛めて思うように走れない。痛みも酷くなり180kmほど走った八王子辺りで無念のリタイア。

その顛末については過去ブログに書いた。ystiseki.hatenablog.com

1年後の昨年6月、再び“鳥の旅”を走る。そして 215kmを44時間(仮眠1時間を含む)、無故障で完走した。距離、時間とも自己最長。超長距離走に対する大きな自信を得た。

ystiseki.hatenablog.com

じゃぁ215kmも走れるんだからTDTは楽勝なのか?

決してそうではない。215km-44時間と160km-24時間は別世界なのだ。平均ペースに換算すると、12.3分/kmと9分/km。歩くと走るの分水嶺を跨ぐ。つまりTDTは走らないと完走できない。どちらかと言うと速く走るのがあまり得意でない自分にとってはTDTの方が手強い。初めてのTDTは1時間オーバーでDNFだったが、100マイルの世界では、気合だけで1時間を縮めることなど決してできないのだ。

実は、距離への追及はこれで終わりではない。上には上がある。

世間的にはあまり知られてないと思うが、ジャーニーランの世界にはオーバー200kmのイベントは他にもたくさんある。その中でも知る人ぞ知る“川の道”という毎年GW中に開催されるジャーニーラン(512km、6日間)に、昨年12月に意を決して申し込む。しかし、優先枠(完走者や前年度落選者に与えられる)だけで定員オーバーで、初参加の人が申し込む一般枠は結局選外となった。来年は優先枠で走れる可能性があるが、1年も待たねばならない。

そんな矢先に、なんと”鳥の旅”の第2弾、中山道“風の旅”というプライベートイベントが立ち上がる。日本橋から京都三条大橋まで538km。中山道を4ステージ7日間で駆け抜ける壮大な旅だ。しかも、”川の道”と同じゴールデンウィークに開催されるので他の予定は入れていない。抽選もないので申し込んだら即参加決定だ。

これは挑戦しない手はない。早速、申し込む。

結果はいかに。

一部走り残したので準完走ではあるが、全行程538kmの内の463kmを走りぬいて京都三条までたどり着いた。過酷だったけど、江戸時代の面影を残す宿場と緑豊かな旧道に魅せられたロマンティックな旅。1週間もウルトラマラソンを毎日続けるなんて想像できない世界だったけど、走り終えてみると、"Born to run"のあの一節そのままに、どこまでも走り続ける自分を発見したのだった。

『人間より速く走れる動物はいるけど、人間ほど長く走れる動物はいない』

興味がある方はブログを読んで下さい。

ただし中山道と同じくらい長いので暇な時に・・・ 

ystiseki.hatenablog.com

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さて、風の旅”を終えてからTDTまで3週間しかない。GWが明けても出走が決まってないし、“風の旅”の疲労も完全に抜けたわけじゃない。このまま出走できなくてもいいかなという気持ちも多少はあった。ところが今年はびっくりするような勢いでウェイティングリストが繰り上がって行く。そして想定外に出走権を得る。正直言うと出走するかどうか一瞬迷った。迷うはずのない自分が迷ってることに戸惑う。“風の旅”から完全にリカバリーしてないのに完走できるのか?  走らない言い訳などいくらでも見つかる。

丸一日経ってようやく昨年の DNF後の誓いを思い返す。やっぱりこれは走る運命なのだ。

出走を決めたらまずはクリーンアップとドネーションだ。クリーンアップは、山へ行く暇がないので近所のランニングコースで。思いのほかゴミがたくさん落ちてる。こういう小さな気づきも大切にしたい。

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昨年の反省点は2つ。

①暑い日の走り出しをややオーバーペースで走ったため、かなり汗をかいた。にも関わらず、水分、塩分、ミネラルの補給が十分でなかった。結果、38km地点で脚が熟成(TDT用語で脚が攣ること)してしまった。その後、100km近く回復せず、大幅に遅れをとった。(100kmも熟成が続くような経験は過去に無く、メンタル的にもかなりダメージ)

②復路、多摩川河川敷を走る頃にようやく熟成が治まり、それなりに走れたが、かなり遅れていたため河川敷を走り始めてすぐに陽が昇る。太陽を遮るものがない河川敷はどんどん気温が上がる。ついに軽い熱中症になってしまった。脚が熟成しても前へ進むことができるが、熱中症は頭が朦朧として前へ進む気力が消失してしまう。ゴールは近いのに木陰にへたり込んでしまった。ここで無理していたらゴールに辿り着くことができなかったかもしれないので、正しい判断だったとは思うが、DNFはやっぱりDNFだ。暑さを避けるために、できる限り早い時間に河川敷に入りたい。

そんな反省点から、今年完走するための作戦を2つ立てる。

①走り出しはペースを抑えること。グループ走と言っても、速い集団、遅い集団がある。集団のペースに合わせて走るのではなく、自分のペースに合った集団と走る。集団と集団の間を独りで走ったって構わない。最強のプロジェクトメンバーが、グループ全体を付かず離れず見てくれているので心配ない。

②水分、塩分、ミネラルを小まめに補給する。ボトルの水は、“いのちのもと”という海水ベースの粉末とクエン酸粉末を溶かしたものにした。 マグネシウムも豊富なので熟成対策にも良さそうだ。

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これで塩分、ミネラルをバランス良く補給できる。甘みが無いので比較的飽きないし胃にも優しい。飽きた時はコンビニの麦茶を飲む。さらに朝夕とマルチミネラルマルチビタミンサプリメントも摂取し万全を期す。

③炎天下を走る時は、水をかぶり気化熱で身体を冷やす。幸いなことに、河川敷のグラウンド横には数多く水場があるので、かぶり水を持って走る必要は無い。

前置きがやたら長くなってしまった。

ついにTDT2018を迎える。

昨年ほどではないが良いお天気で気温は高い。作戦通りに走り出しのペースを抑える。水分、塩分、ミネラルを小まめに補給したので38km地点を過ぎても脚が熟成することは無かった。幸先が良い。

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ペースを抑えたまま69km地点の鉄道公園へ到着。昨年は19:51に着いたが今年は20:08だ。なんと脚が熟成した昨年より遅いとは・・・抑え過ぎたか。

鉄道公園からのトレイル区間もほとんど立ち止まることもなく順調に折り返し地点の高水山常福院へ。

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山を下り鉄道公園に戻る。昨年は1:38に着いたが、今年は0:58だ。この区間は昨年より1時間近く速く走り抜けたことになる。

その後も順調に走る。そして昨年より早い時間に河川敷に到達。昨年は3:05だったが今年は2:24だ。40分ほどの差だが、陽が昇るまでの間にかなり河川敷を進むことができる。

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そしてついに陽が昇る。

昨年と同じ朝陽だけど、今年は希望に満ち溢れてた。

身体はそれなりに疲労してるが前へ進む気力は十分だ。

昨年より早くに河川敷に入ったものの朝9時を過ぎると陽が強くなり気温がどんどん上がる。二子玉川辺りまで来た時にはかなり暑かった。時々、水場で立ち止まり水をかぶる。時間帯もあると思うが、うまい具合に横風が吹いて濡れた上半身を冷やしてくれたので、昨年ほどは暑さを感じないで済んだ。

TDTのご褒美は130km過ぎてからの私設エイドだ。昨年は到着が遅くクローズしたエイドが多かったが、今年は全てのエイドを存分に楽しんだ。どのエイドもホスピタリティに溢れる。言葉を交わし、心のこもった食事をいただいて元気を取り戻す。エイドはパワースポットなのだ。中でも関西人として特筆したいのは「なにわエイド」! 今回初出店らしいが、なんと本格的な焼きたてのたこ焼きをいただける。まさかここでたこ焼きを食べられるとは・・・旨すぎる。

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そして最終のガス橋エイドに到着。

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昨年より断然元気だ。

あと10km!

完走は確実。

炭酸がピリッと刺激的なフルーツポンチをたっぷりいただき出発。

川崎方面のビル群が近づく。ゴールは近い。

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今回、完走したらやろうと考えていたことがある。それは昨年のTDTバンクエット(完走者を讃える祝宴)のポンコツ賞でもらったDNF Tシャツを着て完走し、サロ門の下で脱ぎ捨ててポンコツを返上することだ。

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これがそのTシャツ。

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地を這う骸骨って去年の俺か・・・

サロ門まで200mくらいのところで、ザックに忍ばせておいたDNF Tシャツに着替える。

そしてついにサロ門に辿り着く。

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これにてポンコツ返上。

時刻は10時30分。23時間30分で完走。

ついにリベンジを果たす。

 

<あとがき>

 結局、自分の超長距離走の歴史の総括みたいなブログになってしまった。それは”良い意味で”前回のTDTほどのドラマはなかったということかもしれない。だけど、今回の完走が、自分の超距離走の歴史というもっと大きなドラマの中の記憶に残るエピソードの1つだと自信を持って言える。

そして今回、僕が繋いだワラーチ仲間の誰かが、来年TDTに挑戦することになるだろう。ウェイティングリストの人も、必ず出走するつもりでこれからの1年間準備してほしい。そんな仲間を全面的にサポートしたいし、いつかまた自分が走る機会を得たならば、今回よりもさらに強い走りで完走したい。

それがTDTイズムだと思う。

全て自業自得!

No limits !

アーメン!