もっと遠くへ

山が好き。走るのが好き。さぁ、果てしない旅に出よう!

耕さない田んぼ(その2)

3月16日は種蒔きでした。同じ地球の仕事大学のマイ田んぼで体験済みなので作業はだいたいわかる。その前に3月2日に選別して浸水した種籾はその後どうなったかだ。

12〜13℃で10日間くらい浸水。

発芽抑制物質のアブシジン酸を除去するためだそうだ。野菜の種と同じだ。この仕組みのおかげで植物はその場ですぐに発芽せず、場所や時期をずらして発芽して種(しゅ)を保存することができる。動物みたいに自分で歩けないからね。

浸水の後は20℃で2〜3日催芽処理。

合わせて12〜13日くらい。

この間の温度が管理が大切なんだけど付き添って面倒みるわけにもいかず、スタッフの萩谷さんにお任せでした。萩谷さんに感謝!

 

催芽後の籾はこんな感じ。

f:id:YSTiseki:20190318074032j:image

(爪伸びすぎやf^_^;)

先端のすぐ下の膨らんだところから芽と根が出て来る。芽や根がでる直前のこの状態を「鳩胸」といって播種の最適期なのだ。中には少し芽が出ちゃった籾もあるけど大丈夫。

さていよいよ種蒔き。

苗箱を用意します。

f:id:YSTiseki:20190318233058j:image

このままだと土が漏れちゃうので小さな穴があいた薄いプラスチックシートを敷きます。

f:id:YSTiseki:20190318233206j:image

次に培土を入れます。

f:id:YSTiseki:20190318233332j:image

培土の表面を平らにするためスクレーパーでなぞります。

f:id:YSTiseki:20190318233459j:image

催芽した種籾は一箱あたり76g(約2000粒)

数えた人がいるのかな?

f:id:YSTiseki:20190318233640j:image

これを培土の上に均一に手蒔きします。

これがなかなか難しい。どうしてもムラができる。性格の出る作業。自分は元来ええ加減だから高いところからパラパラと落とす。

その後に水をやります。

f:id:YSTiseki:20190318234027j:image

苗箱を並べてジョウロで均一に水を掛ける。

水やりの次は種籾の上に覆土を重ねます。

角材で苗箱の高さの面で平らにします。

f:id:YSTiseki:20190318233900j:image

こうして苗箱が出来上がる。

f:id:YSTiseki:20190318234416j:image

できた苗箱を20箱づつ積み上げる。

この山が6つ。120箱。面積にして6反分。

面積何倍やろ。

f:id:YSTiseki:20190318234734j:image

山が完成したらシートを被せます。

遮光と保温を兼ねてます。

ここからの温度管理を大変。

土が温度が25℃を超えないよう、10℃を下回らないようビニールハウス内の気温を調節する。

一日に何度かビニールハウスの開け閉めをしなきゃならないので週末ファーマーにはちょっと無理。なのでまたしてもスタッフの萩谷さんにお任せ。萩谷さんに感謝!

f:id:YSTiseki:20190318235118j:image

土の温度を管理するため接触式の温度計をセットしてます。

これで種蒔き完了。

これから先、稲はどんな風に成長していくのか楽しみ。

次回は3月30日。

乞うご期待!

 

耕さない田んぼ(その1)

昨年、生まれて初めて米作りを経験した。

なんと言っても米は日本人の主食。

いつからだろう?

「食える」が「お金を稼げる」ことを意味するようになったのは・・・ 

 

 主食を作れるって「食える」の原点だと思う。

 

たった1畝のちっぽけな区間で、たったの23kgしか採れなかったけど、それでもお米を自分で作れたってことは意義深い。 

本気で米作りを学びたい。

 

そんなわけで、今年は本格的に勉強するため、地球の仕事大学の「耕さない田んぼ学部」を受講することにした。

耕さない田んぼ学部 – 地球のしごと大學

3月2日はその第一回目でした。

講師は五十嵐先生、鳥井先生のお2人。

五十嵐先生については↓

50noen|五十野園 - ホーム | Facebook

鳥井先生については↓

農を語る

お二人共、数少ない、そして貴重な自然農の稲作の伝承者であり実践者だ。

 

何故、耕さないないのか?

 

耕さないことで田んぼが多様な生き物の住処となるからだ。田んぼが、プランクトン、イトミミズ、昆虫、鳥などの生き物と多様な植物が持ちつ持たれつ(食物連鎖)の一大生態系となる。その生態系を活かして稲を育てるのが「耕さない田んぼ」だ。

 

生態系がまずあって、お米はそこからの授かりもの。

 

つまりは人間も生態系の一部ということだ。

農薬も肥料も人為だから加えない。

その必要が無い。

基本的な考え方は、故岩澤信夫氏の冬期湛水・不耕起移植栽培に基づく。

究極の田んぼ

究極の田んぼ

 

しかしながら、稲にとって最適な条件は田んぼによって異なる。近頃ありがちな「誰でもできる無農薬の米作り」みたいなマニュアル(方法論)の無い世界。教えてもらったことを鵜呑みにせず、何故そうなるのかをよく観察し、その田んぼに適した育て方を見出すのだ。

例えば、農薬で雑草を殺すのでは無く、雑草が芽吹かない条件を用意するなど。言うは易し、行うは難しだけど。

 

自己紹介タイムの後、実習の場となる田んぼを見に行く。

f:id:YSTiseki:20190302222357j:image

谷津田だ。

谷津田については↓

谷津田とは? | 認定NPO法人 アサザ基金

谷津田は昔から水源地であり、様々な生き物や植物の生息地だったのだ。

「耕さない田んぼ」をやるためには水が自由に使えることが条件となる。平地の田んぼは農家さんが水源を共同管理してるので自由に使えない。なので平地ではなく山間部の谷津田になる。谷津田は、場所的に不便だし、小面積なので生産性が低い。真っ先に休耕田になる。そんな谷津田を「耕さない田んぼ」として再生することは、水源地と生態系の復活に繋がり社会的意義も大きい。

まぁそんなことはさておいて

谷津田の景色は気持ちがいい。

 

部屋に戻って稲作の歴史を学ぶワーク。

f:id:YSTiseki:20190302234152j:image 

縄文から弥生時代へ移る頃に九州で始まった稲作が徐々に東北へ広がっていく。気が遠くなるような年月を重ね、その土地や気候に適した稲が選抜されて反当たりの収量は徐々に増えていくが、自然任せの極めて緩やかな変化だったろう。

畜糞や人糞などの有機肥料を使い出したのは江戸時代から。この頃の収量でも反あたり3俵しかない。

農薬、化学肥料、機械化などが普及したのは第二次世界大戦後。生産性が急速に高まり1985年には反当たり8俵へ。バイオテクノロジーでさらに収率が上がっていくのだろうか?

マネー資本主義経済偏重の時代の中で、生産性を追求すればするほど、田んぼは生態系からどんどん分離していき、そして生態系を壊す。

「農」とは、生態系の繋がりの中で人間が生きて行くために必要な資源を得ることだったはず。

では農薬も肥料も使わない「耕さない田んぼ」は江戸時代以前の収量に逆戻りかというとそんなことはない。8俵くらいとれる田んぼもあるというからびっくり。これは品種改良の成果だろう。その代表格が誰もが知ってるコシヒカリ(1956年品種登録)だ。

それにしても、

8俵とれたら充分じゃねぇの?

だって田んぼはどんどん減ってる。米の年間消費量のピークは1963年だ。田んぼを減らして収量を上げるくらいなら、収量増やさなくてもいいから田んぼが増えた方がいい。

生態系あっての人間なんだから。

国民皆農で休耕田を復活せよ!

農に関わればみんな健康になって医療保険も老齢年金も健全化するだろう。

 

さて、歴史を学んだ後は、種籾の選別についてだ。

種籾の比重にはバラツキがある。そして重い籾の方が軽い籾より成長力が高い。重い籾と軽い籾が隣り合わせだと重い籾が栄養分を独り占めして軽い籾の成長がさらに悪くなる。重い籾と軽い籾を選別してそれぞれがバランス良く成長した方が全体の収量は上がるというわけだ。

農協やホームセンターで売ってる種籾は比重1.13で選別されている。それを前提に比重1.15で重い籾と軽い籾に選別する。

どうやって選別する?

塩水だ。水に塩を混ぜてかき混ぜると比重液ができる。

どうやって比重を測る?

比重計があればいいが一般的なものじゃないのでわざわざ買うのも面倒。そこで登場するのがなんと生卵だ。塩水に生卵を浮かべて水面より上の部分と水面との境界の円が500円玉の大きさなら比重1.15。円が大き過ぎるなら水を加える。小さ過ぎるなら塩を加える。生卵だったらすぐに手に入るし使い終わったら食べられる(笑)

f:id:YSTiseki:20190303111751j:image

比重液ができたら網袋に入れた種籾を袋ごと沈める。浮いた籾を掬い取って別の網袋に入れる。

f:id:YSTiseki:20190303112634j:image

この後、種蒔きに備えて水に10〜20日ほど浸しておくのだが、これについてはその理屈も合わせて種蒔きの時に書くことにする。

 

今回のまとめ。

100の田んぼがあれば100のやり方がある。

それは生き物や植物が教えてくれる。

答えはその田んぼにある。

何度も試行錯誤してそれを見つける。

それが「耕さない田んぼ」

 

To be continue.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かだけどとても大きな社会問題

もし社会問題を列挙しなさいと言われたら・・・

高齢化

少子化

障害者

子育て

貧困

自殺

地方衰退

農業衰退

食料自給率

原発

地球温暖化

・・・・

まだまだ書ける。

新聞、テレビ、インターネットは社会問題で溢れかえってる。

社会問題は数限りない。

 

そんな社会問題を憂い、

なんとか解決して誰もが幸せになれる社会に変えたい!

と様々な立場で活動している人達がいる。

しかし解決の道は遠い。

 

大きなムーブメントを起こすのは並大抵のことではない。

なぜムーブメントが起こらないのか?

それは大多数の人は関心が薄く動かないからだ。志を持った人が動き始めてもフォロワーがいないとムーブメントは起きない。

リーダーをリーダーたらしめるのはフォロワーだ。社会を変えるにはフォロワーがなくてはならない。

 

日本が変わるスイッチが入っている映像 - 裸の男とリーダーシップ - YouTube

 

リーダーシップは盛んに叫ばれるが、フォロワーシップの話はあまり聞かない。

 

リーダーでもない

フォロワーでもない

その他大多数の存在。

それは

サイレントマジョリティ

 

実はこれが社会問題の根本じゃないかと感じてる。

 

と言ってそこに悪者がいるわけじゃない。

みんな自分や家族の幸せを求め一生懸命生きてる。

そのほとんどの人は会社勤めのサラリーマンだろう。

家族を養うため

嫌な仕事でも

嫌な上司でも

扱いにくい部下でも

お金を得るため頑張ってる。

 

自分もそんな一人。

だけど

「かつてはその一人だった」

と言える自分で在りたいと思ってる。

リーダーになるも良し

最初のフォロワーになるも良し

その他大勢のフォロワーになるのも良し

社会を良くするためにもっと自分の時間を使いたい。

 

 漠然とマクロに綺麗ごとで社会を良くするなんてことじゃなくて、自分の根っこに繋がるテーマにフォーカスして、より具体的でミクロな活動を積み重ねたい。

 

まずは「農」から。

 

今日はその決意表明。

一年後はどんな自分になってるのだろう?

なりたい自分にちょっとは近づいてるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

リベンジT.D.T 100mile~完走への道

f:id:YSTiseki:20180601074327j:image

T.D.T 100mileとは何か?

何故にリベンジなのか?

そこで何に気づき、何を学んだのか?

このことについては直後に書いたブログを読んでいただくとしよう。 ystiseki.hatenablog.com

昨年、ワラーチ仲間でTDTを見事に完走したNobbyさんが今年のロッテリー(抽選)に推薦してくれたけど、抽選から外れてウェティングリストに入る。自分の前に15人くらいいたと思う。皆さん、仕事や家族もあるから、一年後のその日の都合など分からない。当選しても事情があって走れない人も出るので、例年、ウェティングリストから繰り上がって出走する人がそれなりにいるそうだ。なので十分可能性があるらしい。まぁTDTを走れても走れなくても、100mileを24時間で完走できる自分を目指すことに変わりはない。そのためにDNFで得た気づきと学びをどう活かすかが大事だ。

そう誓ってリベンジへの道が始まる。

と言って特別な訓練をしたりするわけではない。

とにかく走る。

長い距離を只管(ひたすら)走って心と身体を鍛えるのだ。

そもそもなぜこんな超長距離走の世界に足を踏み入れたのか、自分を振り返ってみる。

自分は速く走ることよりも、人間はどこまで長く走れるかに強く惹かれる。

そのきっかけは、ワラーチで走り始めるきっかけでもあった“Born to run”という本にこう書いてあったからだ。

『人間より速く走れる動物はいるけど、人間ほど長く走れる動物はいない』

BORN TO RUN走るために生まれた ウルトラランナーvs人類最強の“走る民族”の通販/クリストファー・マクドゥーガル/近藤 隆文 - 紙の本:honto本の通販ストア

なんてロマンティックなフレーズなんだろう。そして距離を追い求めるランニングライフが始まる。

ランニングを始めたのは今から6年前の48歳、年男の時だ。

初めて出場した大会は千葉のスイカマラソンだった。10km、1時間切りという目標を達成。今となっては何てことのない目標だが、当時は息も切れ切れにゴールしたことを今でも覚えてる。その後は、10マイル、ハーフ(21km)、フル(42km)と距離を延ばす。フルマラソン3時間32分を自己ベストにサブ3.5がどうしても切れない。このまま速さを追及してもしんどいばかりで達成感に欠ける。やっぱり自分は「速くより長く」を追及したい。もっと言えば「長くより永く」だ。80歳になっても走れる自分で在りたいと思う。

目標が決まれば行動あるのみ。ウルトラマラソンの世界に入り80km、100kmとさらに距離を延ばす。

トレイルランと出会ってからは、大好きな山を若かりし頃より楽に速く登れる自分を発見してハマる。やっぱ山がいい。ロードよりトレイルだ。そしてトレイルランも30kmくらいのショートレースからウルトラトレイルランニングの世界へと距離を延ばし、3年前に上州武尊山ウルトラトレイル(128km、30時間)を完走。ystiseki.hatenablog.com

その後はトレイルでの100マイルを目指す。ところが一昨年のUTMFは悪天候で50kmほどに短縮。

ystiseki.hatenablog.com

 昨年の信越五岳は台風接近で110kmに短縮。 ystiseki.hatenablog.com

 不可抗力とは言え、マイラーへの道は遠い。

しかもトレランレースは100マイルともなるとエントリーフィーが3万8千円とかとてつもなく高い!交通費も合わせるとかなりの出費だ。ワラーチ禁止のレースも増えてきた。(信越は今年からワラーチ禁止となる。)レースに出なくても好きな山を好きに登って走ればいいかなとモチベーションが落ちる。かと言って距離を追求する気持ちは変わらず。

そんな経験と折り重なるようにしてジャーニーランの世界へ踏み込む。

始めてのジャーニーランは、2年前の甲州街道“鳥の旅”という非公開のプライベートイベント。下諏訪から日本橋まで215kmを46時間で踏破するという。エントリーフィーは激安。片道は走って帰るので交通費も激安。夜通し走るので宿泊費もゼロ。

しかし46時間も走るって全く想像ができない・・・

仮眠するのかしないのか?

何をいつどう食べる?

全くの未知の世界だった。

まぁ走ればわかるだろうと思い切ってエントリー。

結果は・・・DNF。

途中から左足首の腱鞘を痛めて思うように走れない。痛みも酷くなり180kmほど走った八王子辺りで無念のリタイア。

その顛末については過去ブログに書いた。ystiseki.hatenablog.com

1年後の昨年6月、再び“鳥の旅”を走る。そして 215kmを44時間(仮眠1時間を含む)、無故障で完走した。距離、時間とも自己最長。超長距離走に対する大きな自信を得た。

ystiseki.hatenablog.com

じゃぁ215kmも走れるんだからTDTは楽勝なのか?

決してそうではない。215km-44時間と160km-24時間は別世界なのだ。平均ペースに換算すると、12.3分/kmと9分/km。歩くと走るの分水嶺を跨ぐ。つまりTDTは走らないと完走できない。どちらかと言うと速く走るのがあまり得意でない自分にとってはTDTの方が手強い。初めてのTDTは1時間オーバーでDNFだったが、100マイルの世界では、気合だけで1時間を縮めることなど決してできないのだ。

実は、距離への追及はこれで終わりではない。上には上がある。

世間的にはあまり知られてないと思うが、ジャーニーランの世界にはオーバー200kmのイベントは他にもたくさんある。その中でも知る人ぞ知る“川の道”という毎年GW中に開催されるジャーニーラン(512km、6日間)に、昨年12月に意を決して申し込む。しかし、優先枠(完走者や前年度落選者に与えられる)だけで定員オーバーで、初参加の人が申し込む一般枠は結局選外となった。来年は優先枠で走れる可能性があるが、1年も待たねばならない。

そんな矢先に、なんと”鳥の旅”の第2弾、中山道“風の旅”というプライベートイベントが立ち上がる。日本橋から京都三条大橋まで538km。中山道を4ステージ7日間で駆け抜ける壮大な旅だ。しかも、”川の道”と同じゴールデンウィークに開催されるので他の予定は入れていない。抽選もないので申し込んだら即参加決定だ。

これは挑戦しない手はない。早速、申し込む。

結果はいかに。

一部走り残したので準完走ではあるが、全行程538kmの内の463kmを走りぬいて京都三条までたどり着いた。過酷だったけど、江戸時代の面影を残す宿場と緑豊かな旧道に魅せられたロマンティックな旅。1週間もウルトラマラソンを毎日続けるなんて想像できない世界だったけど、走り終えてみると、"Born to run"のあの一節そのままに、どこまでも走り続ける自分を発見したのだった。

『人間より速く走れる動物はいるけど、人間ほど長く走れる動物はいない』

興味がある方はブログを読んで下さい。

ただし中山道と同じくらい長いので暇な時に・・・ 

ystiseki.hatenablog.com

ystiseki.hatenablog.com

さて、風の旅”を終えてからTDTまで3週間しかない。GWが明けても出走が決まってないし、“風の旅”の疲労も完全に抜けたわけじゃない。このまま出走できなくてもいいかなという気持ちも多少はあった。ところが今年はびっくりするような勢いでウェイティングリストが繰り上がって行く。そして想定外に出走権を得る。正直言うと出走するかどうか一瞬迷った。迷うはずのない自分が迷ってることに戸惑う。“風の旅”から完全にリカバリーしてないのに完走できるのか?  走らない言い訳などいくらでも見つかる。

丸一日経ってようやく昨年の DNF後の誓いを思い返す。やっぱりこれは走る運命なのだ。

出走を決めたらまずはクリーンアップとドネーションだ。クリーンアップは、山へ行く暇がないので近所のランニングコースで。思いのほかゴミがたくさん落ちてる。こういう小さな気づきも大切にしたい。

f:id:YSTiseki:20180529225952j:image

昨年の反省点は2つ。

①暑い日の走り出しをややオーバーペースで走ったため、かなり汗をかいた。にも関わらず、水分、塩分、ミネラルの補給が十分でなかった。結果、38km地点で脚が熟成(TDT用語で脚が攣ること)してしまった。その後、100km近く回復せず、大幅に遅れをとった。(100kmも熟成が続くような経験は過去に無く、メンタル的にもかなりダメージ)

②復路、多摩川河川敷を走る頃にようやく熟成が治まり、それなりに走れたが、かなり遅れていたため河川敷を走り始めてすぐに陽が昇る。太陽を遮るものがない河川敷はどんどん気温が上がる。ついに軽い熱中症になってしまった。脚が熟成しても前へ進むことができるが、熱中症は頭が朦朧として前へ進む気力が消失してしまう。ゴールは近いのに木陰にへたり込んでしまった。ここで無理していたらゴールに辿り着くことができなかったかもしれないので、正しい判断だったとは思うが、DNFはやっぱりDNFだ。暑さを避けるために、できる限り早い時間に河川敷に入りたい。

そんな反省点から、今年完走するための作戦を2つ立てる。

①走り出しはペースを抑えること。グループ走と言っても、速い集団、遅い集団がある。集団のペースに合わせて走るのではなく、自分のペースに合った集団と走る。集団と集団の間を独りで走ったって構わない。最強のプロジェクトメンバーが、グループ全体を付かず離れず見てくれているので心配ない。

②水分、塩分、ミネラルを小まめに補給する。ボトルの水は、“いのちのもと”という海水ベースの粉末とクエン酸粉末を溶かしたものにした。 マグネシウムも豊富なので熟成対策にも良さそうだ。

super海の精 いのちのもと | 海水100% 天日と平釜 日本の伝統海塩 「海の精(うみのせい)」

これで塩分、ミネラルをバランス良く補給できる。甘みが無いので比較的飽きないし胃にも優しい。飽きた時はコンビニの麦茶を飲む。さらに朝夕とマルチミネラルマルチビタミンサプリメントも摂取し万全を期す。

③炎天下を走る時は、水をかぶり気化熱で身体を冷やす。幸いなことに、河川敷のグラウンド横には数多く水場があるので、かぶり水を持って走る必要は無い。

前置きがやたら長くなってしまった。

ついにTDT2018を迎える。

昨年ほどではないが良いお天気で気温は高い。作戦通りに走り出しのペースを抑える。水分、塩分、ミネラルを小まめに補給したので38km地点を過ぎても脚が熟成することは無かった。幸先が良い。

f:id:YSTiseki:20180531193048j:image

ペースを抑えたまま69km地点の鉄道公園へ到着。昨年は19:51に着いたが今年は20:08だ。なんと脚が熟成した昨年より遅いとは・・・抑え過ぎたか。

鉄道公園からのトレイル区間もほとんど立ち止まることもなく順調に折り返し地点の高水山常福院へ。

f:id:YSTiseki:20180531193938j:image

山を下り鉄道公園に戻る。昨年は1:38に着いたが、今年は0:58だ。この区間は昨年より1時間近く速く走り抜けたことになる。

その後も順調に走る。そして昨年より早い時間に河川敷に到達。昨年は3:05だったが今年は2:24だ。40分ほどの差だが、陽が昇るまでの間にかなり河川敷を進むことができる。

f:id:YSTiseki:20180530221618j:image

そしてついに陽が昇る。

昨年と同じ朝陽だけど、今年は希望に満ち溢れてた。

身体はそれなりに疲労してるが前へ進む気力は十分だ。

昨年より早くに河川敷に入ったものの朝9時を過ぎると陽が強くなり気温がどんどん上がる。二子玉川辺りまで来た時にはかなり暑かった。時々、水場で立ち止まり水をかぶる。時間帯もあると思うが、うまい具合に横風が吹いて濡れた上半身を冷やしてくれたので、昨年ほどは暑さを感じないで済んだ。

TDTのご褒美は130km過ぎてからの私設エイドだ。昨年は到着が遅くクローズしたエイドが多かったが、今年は全てのエイドを存分に楽しんだ。どのエイドもホスピタリティに溢れる。言葉を交わし、心のこもった食事をいただいて元気を取り戻す。エイドはパワースポットなのだ。中でも関西人として特筆したいのは「なにわエイド」! 今回初出店らしいが、なんと本格的な焼きたてのたこ焼きをいただける。まさかここでたこ焼きを食べられるとは・・・旨すぎる。

f:id:YSTiseki:20180531194721j:image

そして最終のガス橋エイドに到着。

f:id:YSTiseki:20180531194948j:image

昨年より断然元気だ。

あと10km!

完走は確実。

炭酸がピリッと刺激的なフルーツポンチをたっぷりいただき出発。

川崎方面のビル群が近づく。ゴールは近い。

f:id:YSTiseki:20180531195934j:image

今回、完走したらやろうと考えていたことがある。それは昨年のTDTバンクエット(完走者を讃える祝宴)のポンコツ賞でもらったDNF Tシャツを着て完走し、サロ門の下で脱ぎ捨ててポンコツを返上することだ。

f:id:YSTiseki:20180604164331j:image

これがそのTシャツ。

f:id:YSTiseki:20180604164401j:image

地を這う骸骨って去年の俺か・・・

サロ門まで200mくらいのところで、ザックに忍ばせておいたDNF Tシャツに着替える。

そしてついにサロ門に辿り着く。

f:id:YSTiseki:20180604165413j:image
f:id:YSTiseki:20180604165419j:image

これにてポンコツ返上。

時刻は10時30分。23時間30分で完走。

ついにリベンジを果たす。

 

<あとがき>

 結局、自分の超長距離走の歴史の総括みたいなブログになってしまった。それは”良い意味で”前回のTDTほどのドラマはなかったということかもしれない。だけど、今回の完走が、自分の超距離走の歴史というもっと大きなドラマの中の記憶に残るエピソードの1つだと自信を持って言える。

そして今回、僕が繋いだワラーチ仲間の誰かが、来年TDTに挑戦することになるだろう。ウェイティングリストの人も、必ず出走するつもりでこれからの1年間準備してほしい。そんな仲間を全面的にサポートしたいし、いつかまた自分が走る機会を得たならば、今回よりもさらに強い走りで完走したい。

それがTDTイズムだと思う。

全て自業自得!

No limits !

アーメン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中山道 "風の旅”(第3ステージ、第4ステージ)

(第1ステージ、第2ステージから続く)

 

【第3ステージ】馬籠宿ー太田宿

60km-12hr(5/3 8:00スタート)

昨夜からの雨は明け方まで酷く降っていたがスタートする頃にはちょうど止んだ。幸先が良い。しっとりと濡れた路面は質感が増してとても美しい。

f:id:YSTiseki:20180523072217j:image

視界が開け中津川宿が見えた。

 

f:id:YSTiseki:20180523072236j:image

坂をくだり中津川宿に入る。

 中津川中山道歴史資料館の前の特設エイドに立ち寄り、名物のお菓子やフルーツ、飲み物をいただく。

f:id:YSTiseki:20180524231059j:image

実は昨夜、ここのスタッフの方が馬籠の宿へご足労いただいて中津川宿の魅力を一生懸命説明してくれたのだ。そして今日はこんな温かいおもてなし。感謝感激。

f:id:YSTiseki:20180523072414j:image
f:id:YSTiseki:20180523072409j:image
f:id:YSTiseki:20180523072404j:image

宿場の出入口はこんな風に道が折れ曲ってる。これを「枡形」(ますがた)と呼ぶ。外敵に一気に攻め込まれないようわざと道を曲げたのだそうだ。戦さの時には宿場は要塞でもあったのだ。

 f:id:YSTiseki:20180523072508j:image

中津川宿を通り抜け再び宿場を見下ろす。昔の人もここでこうして振り返っただろうな。

しばらく田園地帯を走ると石畳の道が現れる。難所十三峠の入口だ。

f:id:YSTiseki:20180523074220j:image

ここから大鍬宿まで14kmほどの間に十三の峠があるという。これも枡形と同じで、敵に一気に攻め込まれないよう軍事的な意図でここを道にしたそうだ。一つ一つの高低差はさほど大きくはないが、何度も何度も峠を越えるのは旅人にとってはひと苦労だったろう。

f:id:YSTiseki:20180523074159j:image
f:id:YSTiseki:20180523074204j:image
f:id:YSTiseki:20180523074153j:image

だからこそ近代化の波から取り残され、こうして今、こんなにも素晴らしい旧道を満喫できるのだから有難いことである。

旧道があまりに素晴らしいので、さほどキツさも感じることなく十三峠を越え大鍬宿へ入る。

f:id:YSTiseki:20180523075017j:image

地元感溢れるカフェ?のオープンテラス?で、田舎コーヒー(100円也)をいただく。

f:id:YSTiseki:20180523075050j:image

実はインスタントなんだけど、ジャーニーラン中にちゃんとしたカップ&ソーサーで飲むなんてのは贅沢なことのように思える。

しばらく行くと再び石畳が現れる。琵琶峠だ。

f:id:YSTiseki:20180523075130j:image

f:id:YSTiseki:20180523075153j:image

石畳は凹凸があり快適というわけではないが、趣きがあって良い。

山間を抜け車道を走る。

太田宿の手前で陽が沈む。

f:id:YSTiseki:20180523075407j:image

だけど今日は夜通し走らなくていい。

宿に入って、夕飯食べて、風呂入って、布団で寝れるんだ。日常なら当たり前のことがやけに嬉しい。

f:id:YSTiseki:20180523075658j:image

宿に到着。たったの60km?だったけど、初めてステージ完走できたことが嬉しい。残すは最終ステージのみ。

到着後すぐに夕飯を食べ、風呂のシャワーで念入りにアイシングして眠りにつく。

またしても全く夢を見ない深い眠りから覚める。走ってるか、寝てるか、食べてるか・・・頭より身体主体のシンプルライフだから、睡眠は身体を休めるための時間であって完全に思考が停止してるのだろう。真逆の日常生活では何某かの執着で疲労した頭をリカバリーするために支離滅裂な夢を見るんじゃないかと思う。いかに日常生活が頭に翻弄されているかが分かったような気がする。

 

【第4ステージ】太田宿ー京都三条大橋

148km-36hr(5/3 8:00スタート)

f:id:YSTiseki:20180523125343j:image

快晴で爽やかな朝。宿を出てスタート地点へ移動し8時に走り出す。京都三条大橋まで148kmの長旅の始まりだ。

ほどなく大きな川の土手に出る。木曽川だ。昔も今も変わらず悠々と流れ続けている。

f:id:YSTiseki:20180523125331j:image

f:id:YSTiseki:20180523125348j:image

途中、川土手を離れて切り立った斜面に入り崖っぷちをトラバースする。昔はこんな柵なんかなくて危ない場所だったと思う。短い距離だけどこうして旧道の断片が保存されているのは嬉しい。
f:id:YSTiseki:20180523125334j:image

木曽川を離れ少し山へ入ると、うとう峠の入口がある。
f:id:YSTiseki:20180523125326j:image

朝の木漏れ日、鳥の鳴き声、沢のせせらぎ。やっぱりトレイルは癒される。

f:id:YSTiseki:20180523215236j:image

うとう峠を越えると鵜沼宿。ここも電信柱が無く、町の保存に一生懸命なのが伝わってくる。

鵜沼から各務原へ向かう途中、国道から少し離れた高山本線沿いに寄り道する。

f:id:YSTiseki:20180523220300j:image

なんと路面にこんな文字が。

末房さんの粋な計らい。

色々あったけど400kmまで辿り着いたんだ。ここまでずっと藤原さんと2人で走って来たんだけど、ひょんなことから阿部さんというご年配の女性が加わり三人に。たしか太田宿から先頭集団についていってたはず。ご年配なのに凄いなぁと思ってた。やっぱりついていくのはしんどかったみたい。年齢を尋ねるとなんと古稀(70歳)!  しかし走り始めるとちゃんと並走してる。凄い。走力は問題ないとして、どうやら道が不安とのこと。たしかに用意されてた地図は第1回ということで不十分なところがある。中山道は案内標識が整備されている方だと思うが、どこか一箇所でも不案内だとロストする。いくら現在位置が分かっても旧道がわからないと前へ進めない。自分は甲州街道“鳥の旅”の経験で事前に地図アプリに旧道を記録してるので、たとえどこかでロストしても復帰できる。この差は大きい。つまり、阿部さんは僕らについてこなければ前へ進めないということだ。これも何かのご縁。それなりに走力もあるわけだしこりゃ道中ご一緒するしかない。まさに珍道中の始まりだ。

f:id:YSTiseki:20180523223231j:image

こんな路地が旧道だったりする。

f:id:YSTiseki:20180524232214j:image

阿部さんと記念撮影。

旧道を残してくれてありがとう。

岐阜の中心部を過ぎた辺りでウッチーさんの私設エイドへ。冷たいそうめんをたっぷりいただいて大満足。さらに末房さん特製の肉野菜炒め。

f:id:YSTiseki:20180524074156j:imagef:id:YSTiseki:20180524074207j:image

私設エイドを出てすぐ大きな川を渡る。長良川だ。

f:id:YSTiseki:20180524074317j:image

f:id:YSTiseki:20180524232340j:image

ここでも記念撮影。

藤原さんは結構マメで時折こうして写真を撮ってくれる。だいたいいつも独りで走ってることが多いので、たくさん写真は撮るけど自分は写ってない。とても有り難いなと思う。

川を渡った対岸が文字通り河渡宿だ。こじんまりとして静かな宿場だがさりげなく昔の面影を残している。

f:id:YSTiseki:20180524075139j:image

関ヶ原の手前で日没が迫る。

ナイトランに備え腹ごしらえしておきたいのだが旧道沿いは驚くほどにコンビニがない。ようやく見つけたコンビニは砂漠のオアシスだ。

f:id:YSTiseki:20180524081453j:image

ガッツリ食べて出陣。いざ関ヶ原へ。

f:id:YSTiseki:20180524082513j:image

夕暮れの空に伊吹山が見えた。あの山の向こうは琵琶湖だ。

f:id:YSTiseki:20180524083720j:image

真っ暗な旧道の先に灯りが見える。関ヶ原の手前、垂井宿の祭りだ。立ち並ぶ出店を眺めながらが歩く。ナイトラン中のささやかな癒しの時間だ。

f:id:YSTiseki:20180524100229j:image

緩やかな坂道を延々と登り関ヶ原へ到着。ちょうどその時、末房さんから連絡が入りその先の柏原駅で待ってるという。柏原駅に着くとなんと出来立てオムライスが待ってた。コンビニ飯より断然旨い。美味しいものを食べると活力が湧いてくる。次は数キロ先の醒井宿で待ってるという。どうやら先行の“ウサギ”グループはネットカフェで仮眠に入るということで、我々“カメ”グループをフルサポートしてくれるらしい。深夜の辛い時間帯の手厚いサポートは本当にありがたい。

深夜0時に醒井宿到着。さっき食べたばかりでそんなに飲み食いするわけじゃないけど、こうして待ってくれて言葉を交わすこと自体が前へ進む活力になる。

f:id:YSTiseki:20180524103147j:image

醒井宿は名水の里として有名だったそうで水量豊富な立派な水路が印象的。いつか昼間に訪れたい。

ここから数キロ先の摺針峠を越えるとその後は琵琶湖に沿って下り基調が南端の瀬田まで続く。次はその摺針峠で待ってると言う。もう一踏ん張り頑張ろう。

峠に向かう途中、名神高速道路のすぐ横を通る。

f:id:YSTiseki:20180524111917j:image

大阪の実家へ帰省する時に何度もここを走ったけど、こんなところに旧道があるなんて露知らず。今度走る時はきっと横目で探してしまうだろうな。安全運転しなきゃ。

深夜1時過ぎに摺針峠に到着。昼間なら琵琶湖の絶景が見えるはずだが、夜なので町の灯りに型どられたシルエットしか見れない。ちょっと残念。醒井宿と合わせ昼間に訪れたい。昔の旅人は長い坂道を登り詰めてきっと感嘆の声を上げたことだろうな。ここではカレーうどんをご馳走になる。

f:id:YSTiseki:20180524115614j:image

末房さんの全力サポートはほんと強力。ランナーの気持ちや身体のことが分かってるからこそのホスピタリティだと思う。

f:id:YSTiseki:20180524203440j:image

彦根を過ぎた辺りで仮眠を終えた“ウサギ”チームと合流。まぁここまでは(予想外に)互角だったけど、仮眠してリカバリーしたランナーと競ったってしょうがない。カメはカメらしく最後まで行くのみ。

f:id:YSTiseki:20180524203737j:image

そしてまた夜明けが近づく。

明けない夜は無いのだ。

遥か遠くに伊吹山

f:id:YSTiseki:20180524203947j:image

そして陽が昇る。

朝陽はエネルギーに満ちている。

そのエネルギーをいただいてさらに前へ進むのだ。

f:id:YSTiseki:20180524204200j:image

朝の8時前に最終チェックポイントCP7の武佐宿へ到着。残すところ50kmだ。

時間は12時間あるから早歩きでもゴールできそう。京都三条が見えてきた。

走る元気がないわけじゃないけど、100kmほど一緒にいた阿部さんは流石に走れないようで完走が微妙。だからと言って別れて先へ進めば阿部さんは道が分からず結局完走できない。実は歩くスピードがかなり速い。歩きだと自分もついていけないくらい速い。速歩きはジャーニーランの強力な武器だと思う。それにバテてない。完走の可能性はある。後は阿部さんの身体の状態と気持ち次第。行くなら付き合うつもり。しかし、大腿辺りに痛みを感じるのでここで止めるという。止めるというのを無理に連れて行くわけにはいかない。残念だけど阿部さんとここで別れる。

ここからは再び藤原さんと2人で旧中山道を進む。

陽が昇るととにかく暑い。暑さはランナーの強敵。これまで何度も暑さにやられた。おまけに睡眠不足ときた。それに平野部は緑が少ないので余計に疲れる。なんだかんだあったけど濃尾平野に出る前は気持ち良かったと気づく。今はこの苦しみを耐え何としても三条大橋に辿り着くことをモチベーションにするしかない。

f:id:YSTiseki:20180524205501j:image

そんな時に何やら見たこともないドリンクが自動販売機にある。“ジャングルマン”、“カフェイン、炭酸強め”

なんとも刺激的。これ飲んで気合いを入れよう。実際飲んでみると心身復活してかなりいいペースで走れた。

しかしこの手のドリンクは持続性に問題がある。薬が切れると再びモチベーションが下がってしまう。いわゆるドーピングだ。

案の定、途中でへばる。

そんな折、道沿いの公園のトイレに入ったところなんとも涼しげな緑の森が目に入る。足裏とか指の付け根とかだんだん痛くなるし。先を急ぐ気持ちもあるけど途中で倒れたら元も子もない。ということでちょっと休むことにする。

f:id:YSTiseki:20180524211955j:image
f:id:YSTiseki:20180524211959j:image

やっぱ緑はええなぁ。

だからと言ってたいつまでもここにいるわけにはいかない。奮起してまた走り出す。

そしてやっとこさ草津へ到着。

ここは中山道東海道が合流するところで随分と栄えたらしい。

f:id:YSTiseki:20180524212237j:image
f:id:YSTiseki:20180524212232j:image

ここからは旧東海道を走る。

f:id:YSTiseki:20180524212714j:image

摺針峠を降りてからずっと下り基調だけど単調な平野部を走ってきてようやく琵琶湖の南端の瀬田宿に着く。14時半。一番暑い時間帯。

もう一山越えたら京都だ。

f:id:YSTiseki:20180524213046j:image
f:id:YSTiseki:20180524213051j:image

瀬田から大津へ向かう途中、あちこちで祭りをやってる。暑い中、神輿を担いだり大変だろうなぁなんて思ったりする。そんな人のことより自分もかなり大変な状態。寝不足と暑さで頭が朦朧としてきた。

f:id:YSTiseki:20180524213518j:image

追い討ちをかけるように大津へ向かって真っ直ぐな坂道。頭がクラクラする。走っては止まり、止まっては走る。

f:id:YSTiseki:20180524220646j:image

大津から京都への山越えの登りでとうとう脚が止まる。一瞬立ったまま寝る。

そんな時、これまでずっとフォロワーだった藤原さんが先頭を走ってリードしてくれる。この時、ほんと独りじゃなくて良かったと思う。山を越え下りに入るとまた少し復活して走り始める。

f:id:YSTiseki:20180524214350j:image

京都市に入った。

先頭を走る藤原さんが頼もしい。

f:id:YSTiseki:20180524214503j:image

蹴上を過ぎ京都盆地に入る。

まだ明るい。

完走は確実だが、どうせなら明るい間に京都三条大橋を渡りたい。

最後の踏ん張りどころだ。

f:id:YSTiseki:20180524214745j:image

ついに京都三条大橋へ!

f:id:YSTiseki:20180524214923j:image

そしてゴール。

第4ステージ完走!

f:id:YSTiseki:20180524215541j:image

旅の仲間との再会。

みんな頑張った。

壮大な中山道の旅路。

グレートジャーニー。

苦しかったけど楽しかった。

たくさんの学びがあった。

限界を超えると新たな限界が見つかる。

だけどNo limits!

諦めない!

GRIT !

走ることだけじゃなくて

人生はNo limits !

 

(書き終えて)

これまでもウルトラトレランとか旅ランのブログを書いてきたけど、これだけ長大な旅路を書くのは初めて。書いても書いても終わらない。まるで中山道をもう一回走ってるんじゃないかと錯覚するくらいだった。

でもこうして書き終えてみると、意外と覚えてるなというのが新たな発見。もちろん記憶には限界があるので全てを書き記すことはできない。だけどここは覚えておきたいと思って写真に撮った場所は何某かの想いがあったからで、その時の記憶は画像と共に記憶の引き出しから飛び出してくる。

これも一つの学び。

終わり!

 

【総括】

〈第1ステージ 〉(182km-33hr)

時間切れにより150kmで離脱。

〈第2ステージ〉(148km-34hr)

105km地点で足首の痛みが酷くなってきたので離脱。

〈第3ステージ〉(60km-12時間)

約11時間半で完走。

〈第4ステージ〉(148km-36hr)

約34時間で完走。

総走行距離:463km

中山道 “風の旅” (第1ステージ、第2ステージ)

一昨年は今回の“風の旅”主催の末房さんの甲州街道“鳥の旅”(下諏訪→日本橋:215km)に参加して、経験不足から足を痛めて180km地点の八王子リタイア。

 

ystiseki.hatenablog.com

 昨年、再び“鳥の旅”に参加して完走。リベンジを果たす。

 

ystiseki.hatenablog.com

 

限界を超えてそこへ行けば新たな限界に挑戦したくなるというのは人間の本性だろう。

215kmを超える距離を走れるのだろうか?

知る人ぞ知るジャーニーランというのは結構あって今だに全貌は分からないけど、有名な“川の道”という千葉から新潟まで500km以上を走るジャーニーランがある。じゃぁ次はそれかなと思いつつ、今回と同じでGWをほとんど潰して走るってのは家族の理解がないとできない。こういうのはタイミングというのがあって、今だと感じたら先延ばししない方がいい。思い切って嫁さんに相談したらオッケーが出た。しかし500km超えともなると誰でも申し込めるわけじゃない。幸い“鳥の旅”完走の実績があり参加資格を満たすということで“川の旅”に申し込む。ところがここでどんでん返し。人気の企画だけに優先枠とかあって一般枠は優先枠の残りしかない。それでも当選する可能性はある。結果は落選。なぜかというと優先枠で定員に達してしまって一般枠が無かったのだ。なんか肩透かしを食らったみたい。

そんな時に末房さんの第2段、中山道“風の旅”(日本橋京都三条大橋:538km)が遡上に上がる。GWを潰すという点ではハードルはクリアしてる。ならばエントリーするしかないやろ。こっちは抽選なんか無いし、旧街道大好き人間としては、中山道は超魅力。結果オーライだ。

“川の道”と“鳥の旅”の違いは前者が1ステージであるのに対し、後者は4ステージに分かれてるという点だ。3泊7日の旅。経験無いしわけわからんなぁ。最大の興味は100km以上走った身体で一晩寝て起きてからまた走れるのか?ということ。だいたいウルトラ走った翌日は脚がボロボロで走るなんて有り得ない。これはマズい。対策が必要だ。まずはネットで“ステージレース”で検索するとリカバリーのノウハウが色々と見つかった。走った後の筋膜リリースが有効らしい。早速グリグリ棒を買う。

筋膜リリースとは? | トリガーポイント™ 公式サイト

 

こうして初日の4月29日を迎える。

 

【第1ステージ】日本橋ー望月宿 182km-33hr 

(4/29 9:00スタート)

いよいよ旅の始まりだ。

f:id:YSTiseki:20180524224855j:image

まずは皆んなでお約束の記念撮影。

ジャーニーランのスタートはマラソンやトレランと違ってスタートしたのかしてないのかわからないくらい緩い。「しょうがない、ぼちぼち走るか」ってノリだ。都内なんて信号ばっかりで速く走ろうが遅く走ろうが関係ない。

神田、湯島を過ぎると、東大赤門が右手に見えた。恥ずかしながら初めて見た。

f:id:YSTiseki:20180508074151j:image

その後、巣鴨商店街へ入る。

f:id:YSTiseki:20180508074453j:image

ここも初めて通ったのだけど昭和生まれにはとても懐かしい雰囲気。しばらく走ってると女性ランナーが「ここのおはぎが美味しい。」というので最初のブレイク。

おはぎをいただく。これから中山道を踏破しようという緊張感は皆無。冷んやりとしたおはぎは噂通りとても美味しかった。

f:id:YSTiseki:20180508074959j:image  f:id:YSTiseki:20180508075234j:image

商店街を過ぎ、清水坂を下った辺りで1人の外国人と出会う。

f:id:YSTiseki:20180508075457j:image

聞けば3週間掛けて京都から中山道を歩いてやっとここまで来たらしい。我らと同じ旅人ではないか。その出で立ちが日本人より日本人らしくてびっくり。下半身は真っ白な足袋に半股引。上半身も白いシャツに和風柄。僕らはこれから1週間で京都まで行くと話したら「You are crazy !」と言われた。あんたもかなりcrazyだと返した。

蕨宿はお祭りなのか屋台が並んでる。

f:id:YSTiseki:20180508081304j:image

人が多いので走らずのんびり歩く。

デコポン(?)3個1000円をサービスで6個で1000円で買い皆んなで分ける。得した気分だがこれが屋台の売り方ってもんだろう。美味しかったのでwin- winだ。

f:id:YSTiseki:20180508082042j:image

蕨宿で草鞋とワラーチの記念撮影。

f:id:YSTiseki:20180508174934j:image

ワラーチは現代版草鞋(わらじ)なのだ。

大宮の氷川神社の長い参道に入る。緑のトンネルは涼しくて気持ちがいい。

f:id:YSTiseki:20180508175314j:image

参道にある団子屋へ立ち寄る。

f:id:YSTiseki:20180508175602j:image

冷やし甘酒をいただく。無糖の自然な甘さでとても美味しい。しかし、こんなに道草食ってていいんだろうか?

f:id:YSTiseki:20180508175919j:image

最初のチェックポイントCP1(29km)は氷川神社。初めて訪れたけど、なかなか立派。

f:id:YSTiseki:20180508180235j:image

氷川神社を後にして旧中山道を淡々と北上する。新道(国道)より旧道の方が車が少ないとは言え、都会はやっぱり車が多いし、建物も大部分建て替わってるので風情は今ひとつ。

北本宿を通過。

f:id:YSTiseki:20180508180641j:imagef:id:YSTiseki:20180508180733j:image

20年ほど前に2年ばかし北本に住んでたので懐かしい。少し垢抜けた感はあるがそんなに変わってない。

鴻巣宿辺りで日が暮れる。

f:id:YSTiseki:20180508221356j:image

真っ暗闇の荒川の河川敷から遠く熊谷宿の灯りが見える。早くあそこまで行きたいなぁ。

f:id:YSTiseki:20180508222833j:image

熊谷駅を通り過ぎてしばらく進んだところでサポートエイド発見。椅子に座って温かい食べ物をいただく。夜の10時頃。単調なナイトランの憩いの場だ。本当に有難い。

f:id:YSTiseki:20180508231520j:image

安中宿に入り日が昇る。

f:id:YSTiseki:20180509072003j:image

夜の暗闇を走り抜けて迎える朝は格別だ。日常生活では夜寝て起きたら朝だけど、夜通しナイトランの場合は、真っ暗な空が薄明となり朝陽が景色を照らし出すまでの連続的な変化をずっと感じながら朝を迎える。エネルギーに満ちた朝陽を浴びて気分が高揚する。

CP2(119km)の安中駅を過ぎると左手に妙義山系の荒々しい姿が見え始める。

f:id:YSTiseki:20180509074440j:image

f:id:YSTiseki:20180509074819j:image

広大な関東平野を突き抜けていよいよ山に入るんだと気を引き締める。

CP3(136km)横川駅到着。

f:id:YSTiseki:20180509075028j:image

f:id:YSTiseki:20180509075034j:image

荻野屋の峠の釜飯を食べたいところだけど残念ながらその時間は無い。

坂本宿は中山道の難所、碓氷峠を越える前の最後の宿場ということで大いに栄えたらしい。真っ直ぐ伸びた旧道の正面に「どうだ、越えてみろ!」と言わんばかりにこんもりとした山が聳え立つ。

f:id:YSTiseki:20180509080157j:image

坂本宿を過ぎるといよいよ碓氷峠だ。

日本橋からずっとロードを走って来たがここで突然トレイルに入る。

f:id:YSTiseki:20180509081201j:image

木々の緑に包まれる。

深く息を吸って森の匂いを身体に満たすと、夜通し走った身体にエネルギーが戻ってくるようだ。やっぱり人間には緑が必要なんだなと思う。これまでずっと走ってきた平野部の旧道にはあまりにも緑が少ない。

f:id:YSTiseki:20180509205150j:image  f:id:YSTiseki:20180509205221j:image

どんどん山道を登っていくと、木々と間に遠い街並みが見通せる場所にでる。

f:id:YSTiseki:20180509205422j:image

ここが「のぞき」と呼ばれる場所だ。遠くに見える街並みはさっき走り抜けた坂本宿。こうやって遠目にみれば昔と今も変わらぬ景色なんじゃないかなぁ。

f:id:YSTiseki:20180509205922j:image

長いけど気持ちのいいトレイルが続く。難所碓氷峠を越え山を下ると別荘地に入り、そこを抜けると沢山の人で賑わう通りに出た。なんか見覚えがある。

軽井沢だ!

f:id:YSTiseki:20180509210631j:image

ずっと山の中だったので別世界に来たよう。人が多くて走れないので歩く。とにかく温かい珈琲が飲みたい。テイクアウトの店を見つけた。ついでにソフトクリームも。

f:id:YSTiseki:20180509212312j:image

美味しい。

一息ついたところで距離と時間を確認。150km地点なので残り32kmだ。時刻は14時。18時の制限時間まで4時間。平均ペースで7.5km/分。休まず走り続ければ間に合うが、そのペースで走り続けるのは今の身体の状態では無理だ。到着が遅れると宿の夕飯に間に合わないかもしれない。ここで走るのを止めたとしても、望月宿へ移動するには本数の少ない電車とバスを乗り継ぐ必要がある。タイミングを逃すと公共交通機関を使っても18時を過ぎる可能性もある。今日が最終ステージなら迷わず先へ進むだろう。初めてのステージレースで身体がリカバリーするのかどうかも未知数だ。ここで無理をして次のステージが走れなくなっては元も子もない。スタートからずっと共走してきた藤原さんと相談して、残念ながら第1ステージはここで中断することにした。

その後、軽井沢から電車で佐久平へ。佐久平からバスでゴール地点でもある望月バスターミナルへ移動して第1ステージが終わる。

宿に着いてすぐ風呂に入る。とにかく次のステージのために身体をリカバリーすることが最優先事項だ。シャワーの冷水でアイシング。温水に切り替えて温めてからまたアイシング。これを何度も繰り返す。風呂から上がったらグリグリ棒で念入りにマッサージをする。夕飯をがっつりと食べたっぷりと栄養補給。そして眠りにつく。

 

夢を全く見ないほどに深い眠りだった。

朝起きて身体のチェック。

痛みはあるけど走れるレベルにはリカバリーしてる。最大の不安を払拭してモチベーションが上がる。

念には念を入れて朝風呂のシャワーでアイシング。食欲も旺盛で朝食もがっつりといただく。宿をチェックアウトして車でスタート地点のバスターミナルへ向かう。

f:id:YSTiseki:20180511122342j:image

 

【第2ステージ】望月宿ー馬籠宿

148km-34hr (5/1 8:00スタート)

大好きな里山風景を見ながら進むと一変して古い家が立ち並ぶ静かな通りに入った。

f:id:YSTiseki:20180511124227j:image

f:id:YSTiseki:20180511124237j:image

f:id:YSTiseki:20180524235405j:image

望月宿だ。道の両側の水路を流れる水音が心地良い。現代の生活では、水は蛇口から出てくるものだけど、昔は山から流れてくる水をこうして生活の中に取り入れていたのだろう。

f:id:YSTiseki:20180514081141j:image

綺麗な水と言えば酒だ。

酒好きなランナーが酒蔵を見つけて、吸い込まれるように中へ入って行くのでついて行く。

f:id:YSTiseki:20180514075517j:image

陳列棚にたくさんのお酒が並んでる。みんな食い入るように見惚れてる。

f:id:YSTiseki:20180514080527j:image

お酒の弱い僕でも美味しそうで飲みたくなるくらいだから、お酒好きなランナーは迷わず購入。瓶はさすがに重いので缶入り。

f:id:YSTiseki:20180514080849j:image

お土産用かと思いきやもう呑んでる。まぁ飲酒運転禁止の規程は無いのだから・・・このゆるゆるなところが旅ランの良さ。

笠取峠へ向かう手前に、松並木を走る。

f:id:YSTiseki:20180514082828j:image

笠取峠の由来は、風が強く編笠がとばされるとか、暑くて編笠を脱いだとか諸説あるそうで、この松も強風や暑さを凌ぐために植えられたとか。

笠取峠を越え、難所和田峠へ向かって長閑な田園地帯を進む。

f:id:YSTiseki:20180524235551j:image

ふと見ると古民家風のバス停。なかなか立派。雨宿りにも良さげ。

f:id:YSTiseki:20180514183206j:image

和田宿に入ると中山道沿いのあちこちに水飲み場がある。

f:id:YSTiseki:20180514183349j:image

備え付けのコップでガブガブと飲み、ボトルに補給。旅人にはほんとありがたい。

そして和田峠の入口に到着。

f:id:YSTiseki:20180514183802j:image

いい雰囲気のトレイルだ。

f:id:YSTiseki:20180514184501j:image

しかし熊が出るらしい。そんな気配は感じられないけど、近頃は山の木の実が少なくなって熊の行動範囲が広がり人間との遭遇率が高まってるとか。一応用心しするとしよう。視界良好なので熊鈴は鳴らさないでおく。沢のせせらぎや鳥の声を静かに聴きたいから。

f:id:YSTiseki:20180514193912j:image

峠へ向かって緩やかな登りが続く。難所とは言え、本格的な山登りに比べればなんてことはない。

f:id:YSTiseki:20180514194206j:image

疲れを感じさせないほどに気持ちのいいトレイルが続く。

f:id:YSTiseki:20180514194403j:image

あまりに気持ちの良いトレイルなのでワラーチを脱いでしばらくの間、裸足で歩いてみる。

f:id:YSTiseki:20180524235125j:image

見た目ほどには快適じゃなくて足裏がチクチクする。長距離走ってやや過敏になってるせいかもしれない。少々刺激が強過ぎるので再びワラーチを履く。

f:id:YSTiseki:20180514195023j:image

石畳もある。情緒に溢れてとても良いのだが歩きやすいわけではない。きっと雨が降っても泥濘まないように石を敷いたんだろう。

f:id:YSTiseki:20180514195535j:image

峠近くに立派な一里塚がある。江戸から52番目だそうだ。このアナログ感がいい。こんな一里塚をこの後も何度も見るのだが、旧道の証としてこれからもずっと保存して欲しいと願う。

f:id:YSTiseki:20180514200822j:image

そうこうしてるうちに和田峠へ到着した。広場みたいで想像していた峠のイメージとはちょっと違う。朝から動きっぱなしだったので腰を下ろして腹ごしらえ。昔は峠近くに茶屋が何軒かあって旅人で賑わっていたらしい。今の峠は、車道を車が通り過ぎるだけの寂しい場所になってしまった。

諏訪側の下りは、道幅が狭くやや急峻だ。

f:id:YSTiseki:20180515073350j:image

谷へ落ち込む急斜面をトラバースする箇所なんか、昔は馬が滑落することもあったんだろうな。覗き込んでると身震いがした。

峠を降りると諏訪宿だ。

最初に目に入ったのが「天下の木落し坂」の大きな石板。

f:id:YSTiseki:20180515074030j:image

最初ピンとこなかったけど、案内のオジさんがいて説明してもらってやっと気付いた。よくテレビで放映されてるあの祭り。屈強な男達が大木(御柱)に乗っかって急斜面を転げるように落ちていく正にその坂のことだ。ここはその坂の頂上にあたる。

f:id:YSTiseki:20180515074526j:image

模擬御柱という半分の長さ(10m)の御柱も置いてある。樅の木だそうだ。

f:id:YSTiseki:20180515074843j:image

坂は呼び名通り“下る”と言うより“落ちる”と言うのが相応しいほどに急峻だが写真では表現できず。

さらに下るとパッと視界が開け、下諏訪の街とその向こうにある諏訪湖を一望。

f:id:YSTiseki:20180515080132j:image

とうとう下諏訪まで来たんだ。下諏訪というと甲州街道との分岐点である。一昨年、昨年と参加した同じ末房さん企画の“鳥の旅”の出発地点でもあり、来たと同時に帰ってきたような不思議な気持ちだ。

思えば望月宿から諏訪宿まで旧道沿いにはコンビニが一軒も無かった。(旧道から少し外れた新道に一軒あったがパス)

行動食のみでまともに食べていない。これから夜通し走るのにしっかりと腹ごしらえしておかねばと飯屋を探すがなかなか見つからない。ようやくラーメン屋を見つけて入る。

f:id:YSTiseki:20180515120639j:image

こってりとした味噌ラーメンにミニチャーシュー丼を腹にぶち込んでいざ出陣。時刻は18時を過ぎ、陽が暮れてようとしていた。

塩尻峠へと続く暗い旧道を登り始める頃にはすっかり陽が落ちる。

振り返ると街の灯りと諏訪湖の影。

f:id:YSTiseki:20180515122123j:image

漆黒の旧道に吸い込まれるようにして諏訪湖を後にした。

夜は景色を見えないので写真もほとんど撮ることもなく黙々と走る。いくつかの宿場を通り過ぎ、深夜1時半頃に江戸時代にタイムスリップしたかのような情緒のある宿場に入る。

f:id:YSTiseki:20180515123604j:image

奈良井宿だ。

観光客などいるわけもなく、住民が寝静まったこの時間に、並走してきたランナー3人ぽっちで左右を物珍しそうに眺めながら静かにそぞろ歩く。漆器のお見せがずらりと並んでる。ここは昼間にまた訪れたいところだが、これはこれで贅沢なひと時だと思う。

奈良井宿を過ぎると木曽路最大の難所鳥居峠へ入る。 

f:id:YSTiseki:20180515153326j:image

入口の石畳が暗闇に消える。

ヘッドライト以外に光は無い。

f:id:YSTiseki:20180515153447j:image

おまけに熊に注意だ。

熊鈴を鳴らす。熊は夜行性ではないらしいのできっと寝てるだろうけど、音で気を紛らわす。

峠を越えて下り始めたところに熊除けの鐘があったので今更だけどジャンジャン鳴らす。

f:id:YSTiseki:20180515154120j:image

薄雲に浮かぶ月の光が幻想的だ。

眼下に藪原宿を見下ろす。

f:id:YSTiseki:20180515154350j:image

鳥のさえずりが段々大きくなる。

薄明に木々が浮かび上がる。

f:id:YSTiseki:20180515154735j:image

夜明けは近い。

f:id:YSTiseki:20180515155111j:image

藪原宿に着く頃に朝を迎える。

熊に襲われなくて良かった。

昔の旅人は夜に鳥居峠を越えたりなんかしなかったろうに。ここも昼間にまた訪れたい。

藪原宿から先は木曽川沿いを走る。

f:id:YSTiseki:20180515161742j:image

奈良井宿側の川より水量が多くて迫力がある。

f:id:YSTiseki:20180515214347j:image

宮越宿の本陣を横目に見ながら通り過ぎ、宿場を離れた辺りに「中山道 中間点」の標識があった。

f:id:YSTiseki:20180515214549j:image

江戸、京都の双方から266kmと書いてある。ずいぶんと長いハーフだ。

旧道と国道を出たり入ったりしながら進むと前方に道路を跨ぐおおきな門。

f:id:YSTiseki:20180516195334j:image

関所の町、木曽福島だ。

昔の関所はこっち。

f:id:YSTiseki:20180516195535j:image

通関は厳しかったらしいが今はフリーパス。そして福島宿に入る。

f:id:YSTiseki:20180516195757j:image  f:id:YSTiseki:20180516195900j:image

ここもタイムスリップしたかのようだ。

この辺りで、それまでに微妙に感じ始めていた足首の痛みが強くなる。一昨年の鳥の旅のリタイアの原因となった部位だ。嫌な予感。気になりだすと余計に痛みに敏感になる。

CP5(105km)の上松宿へ着く。

f:id:YSTiseki:20180516204004j:image

ゴールの馬籠まで残り43km。時刻は11時半なので制限時間の18時まで8時間以上ある。普通に走れば間に合いそう。しかし峠越えとある。ここで無理して鳥の旅の二の舞いになったらどうしよう。やっぱり京都まで行きたい。

葛藤の末、第2ステージDNSを決意した。時間切れの第1ステージに続いてのDNSに凹むが、とにかくリカバリーに専念しなくては。アイシングがしたいと呟いたら、日本橋からずっと一緒に走って来た藤原さんが近くのお店でロックアイスを買って来てくれた。ほんと有り難い。藤原さんは行けるところまで行くということで一旦別れる。

 主催の末房さんと電話で相談して、この先にある南木曽駅でピックアップしてもらうことにした。電車待ちの間もずっとアイシングを続ける。

f:id:YSTiseki:20180516204042j:image

その後、電車で南木曽駅へ移動し無事に末房さんと合流。藤原さんもその手前の須原駅でピックアップしゴールの馬籠へ向かう。

途中、車の中から馬籠の町並みを見る。

f:id:YSTiseki:20180516204427j:image

雨の宿場も風情があって良いが、もし走ってたら辛かったろうな。でもそういう辛さをひっくるめて旅なので、やっぱり自分の脚で走りたかったなと思う。

明日の第3ステージは60km。短距離(?)なので少し気が楽だけど、足首の炎症が悪化しては京都へ辿り着けない。お風呂でシャワーを冷水にしてアイシング。温水にして温めてまた冷水でアイシング。これを何度も繰り返す。思えばこういうケアに対してこれまであまりにも無頓着だった。走った後は脚ボロボロで、翌日は歩くのもやっと。それでも何事も無かったかのように仕事をする。それが男の美学だなんて格好つけてたけど、全然格好良く歩けてないやんか。やっぱり走った後、ちゃんとケアして、「今日もまだ走れるよ」ってのがホンマに格好いいな。

 

第1ステージ後と同じく、全く夢を見ないほどの深い眠りから覚める。

足首の痛みはかなり引いて走るのは問題無さそう。アイシングはかなり効果があったようだ。たったの60kmだし完走できそう。距離感がインフレを起こして麻痺してる。末房さんの説明によると小さなアップダウンの繰り返しで結構キツいらしい。最終ステージもあるので短いといっても無理は禁物だ。

(第3ステージ、第4ステージへ続く)

OMM2017〜極寒と極楽の2DAYS

昨年に引き続き2回目のOMM参戦。

OMMとは何ぞやについては昨年の初参戦の時にブログに書いた。

 

ystiseki.hatenablog.com

 

昨年のパートナーの新川さんが仕事で無念のDNSとなりパートナー変更という波乱の幕開け。OMMのパートナーは、走力や地図読み力がある程度バランスして、フィジカルにもメンタルにもお互いに補完し合えること、何よりも2日間、四六時中共に過ごして同じテントで寝泊まりしてもストレスを感じないことが必要とされる。なので誰でもいいというわけにはいかないのだ。そんなわけでなかなか決められずにいたが、パートナー変更期限が迫ってきた頃に濱田さんにお願いすることにした。濱田さんは同じ会社のエンジニアだ。気心は知れてるし、走力もある。しかし、地図読みは初心者!

言ってることとやってることちゃうやん、と思うかもしれないけど、総合的に見て濱田さんならイケルると直感したのだ。実は同じ会社で今は隣の席に座ってるけど一緒に仕事をしたことがない(笑)

 大会2週間前になって、千葉の低山で土砂降りの雨の中、濱田さんにようやく地図読みのレクチャー。

f:id:YSTiseki:20171113193814j:imagef:id:YSTiseki:20171115190108j:image

実際の地形と地形図を見比べてマッチングさせるというのは、エンジニアが実物と設計図を見比べるのと似たようなもの。(自然相手なので実は似て非なるもの・・・)

エンジニアの濱田さんなら基礎的なことはすぐ理解できるはず。あとは場数を踏んで鍛えるしかない。OMM自体が地図読み力を鍛える場でもある。本当に地図読み力が必要なのは、個人で山に入って遭難しないためなんだから、OMMをきっかけに地図読み力を身につけるということでもいいんじゃないかなと思う。実際やってみたところちゃんと読んでる。直感は正しかったことがわかり安心する。

 OMMで地図読みと並んで重要なことはパッキングだ。

OMMの必携装備は、以下のURLの下の方に書いてある。

OMM JAPAN 2017_INTRODUCTION | OMM / Original Mountain Marathon オリジナルマウンテンマラソン Japanオフィシャルサイト

 

レースは2日間。夜はキャンプなのでテントやクッカーなどキャンプ道具が必要だ。同じ2日間でも寝ないで走るウルトラトレイルレースとは趣が異なる。エイドステーションは一切無く、キャンプ場での給水のみ。丸2日分+予備1食の食料を担がないといけない。テント、クッカー、食料など共有装備をうまくシェアして2人の重さがなるべく均等になるように調整する。今回は、地図読み練習の後、カフェで実際の荷物をパッキングして重さを測ってみてどうシェアするかを決めた。2人とも水の食料を入れても10kgは超えないで済みそうだ。

f:id:YSTiseki:20171114073755j:image

  これで準備万端。

 

【11月10日】(大会前日)

今年はラン仲間の樋田さん、滝澤さんチームと2組で参戦。樋田さんの車に便乗させてもらい現地へ向かう。高速を降りコンビニで明日の朝の食料を補給する。日没の彼方に雄大な南アルプスを一望する。あの端からこの端まで・・・縦走への想いを馳せる。

f:id:YSTiseki:20171114075535j:image

 

宿にチェックインしてからOMM受付&前日祭の会場へ向かう。OMMの会場は独特の雰囲気を持つ。ブランディングを大切にしてるのだ。

f:id:YSTiseki:20171114180227j:image

受付を済ませると、パートナーのどちらか1人の手首には、コントロールに突っ込むと時刻が記録されるSIキーが装着される。レースが終わるまで外すことができないようになっている。お風呂に入る時も付けたままなのだ。オリエンテーラーにはどうってことないのかもしれないが、トレイルランナーには馴染みがなくてちょっと気恥ずかしい。(自分はつけないけど・・・)

f:id:YSTiseki:20171114174259j:image

SIチップとは、こんなものです。血圧測ってるみたいでなんだか滑稽。

受付テント内の出店をブラブラと眺がめてまわる。さすがOMMだけあってOMMプロダクトの品揃えがすごい。その上、ディスカウントしてるではないか。

f:id:YSTiseki:20171114173240j:image

前から狙ってたULTRA20Lを背負ってみるとなかなか具合が良い。今持ってるULTRA15Lは数々のウルトラレースを共にしてきたので、ピンホールがあったり擦り切れたりしてだいぶくたびれてきてる。こういうところでは買うことはめったにないんだけど消費税も掛からないし衝動買い。1万円也。まさかの散財(^^;)

 

夕食は受付に隣接したレストランでとる。広くていい雰囲気。混雑もなく快適だ。

f:id:YSTiseki:20171114180228j:image

テーブルにレースエリアの地図が貼ってある。もちろんフィニッシュ、ゴール、コントロールは記されていない。OMM的には白地図みたいなもの。

f:id:YSTiseki:20171114180225j:image

そんな白地図でも、その場所の地形全体を俯瞰できるので貴重な情報だ。食い入るように地図を見て想像を膨らませる。レースはもう始まっている。

f:id:YSTiseki:20171114204630j:image

宿に戻って装備の最終調整。床もテーブルも子供部屋みたいに散らかして作業。家と違って誰も文句言う人いないしね。

f:id:YSTiseki:20171114205456j:image

天気予報によると、DAY1の朝方は雨だけどその後快復して晴れ。一夜明けたDAY2の朝方の最低気温は0℃。一頃マイナス9℃の予報もあったので、それほど寒くなさそう。防寒対策のため装備がかなり嵩張ってたが思い切って減量することにする。シュラフは4シーズンから3シーズンへ。ダウンも厚めのをウルトラライトへ。雨が降るならキャンプ場で夕食をとるのにタープがわりに使おうと思ってたULツェルトとタープ用の1本ポールを降ろす。それでも9.5kgほどあったので減量前の装備だと10kgは超えてただろう。

 

【11月11日】(DAY1)

予報通り、夜降り始めた雨が朝まで降り続いてる。遅くとも昼前には止むはずなのであまり気にしないでおこう。会場に着く頃には南側の空に晴れ間が広がり雲間から朝陽が射す。良い兆し。

f:id:YSTiseki:20171115075056j:image

八ヶ岳側から湧いてくる雲はまだ厚く、雨が降り続く。

f:id:YSTiseki:20171115075506j:image

スタート地点は会場から3kmほど離れたところにあるがどこにあるかを事前に知らされることはない。マーキングに従って歩く。歩き始めるとすぐ雨が止む。

南側の晴れ間がどんどん広がっていく。

 f:id:YSTiseki:20171115080719j:image

雨上がりの冷たく澄んだ空気が気持ちいい。

スタート地点に到着。

f:id:YSTiseki:20171115183338j:image

10分ほど前にSCORE LONGの待機ゾーンに入る。地図は、1分間に最前列に並ぶまでは手にすることができない。

f:id:YSTiseki:20171115183335j:image

そして1分前に地図を手にしたら、ざっと眺めて全体的にどのエリアを攻めてフィニッシュに辿り着くかの大まかな作戦を立てる。

いよいよスタート!

f:id:YSTiseki:20171115184813j:image

いきなり真っ直ぐな林道。トレランならこのまま気持ちよく走り抜けたいところだが、少し先へ進んだところで一旦脚を止める。もう一度地図を見て、最初に狙うコントロールへのルートを決める。

ロード、林道、山道、道無き道(藪漕ぎ)、ルートは無限だ。狙ったコントロールをいかに確実にそしてなるべく早く見つけるか。

コントロールは道沿いにあるとは限らない。

f:id:YSTiseki:20171119225509j:image

道沿いにない、山のピークや谷、尾根にあるコントロール(例えば128番)は、地図から地形の特徴を読み取って見つけ出すしかない。その大前提として地図上で自分が立つ位置がわかっていないことには、地図と目に見える実際の地形を比べられない。

”現在地を見失わないこと”

これが地図読みで最も大切なことなのだ。

自分の位置とコントロールの位置が地図上でわかれば、コンパスを使って方向を定め、アプローチしやすい斜面を選んで前へ進むのみだ。最短で一直線に進んだって構わない。道が無いと言っても秋の信州の低山は、背の高い藪はそんなに多くないので、十分に歩ける。道を歩くよりむしろ気持ちがいいくらいだ。落ち葉を踏みしめ、藪を掻き分け、道無き道を進んでると身体に眠っていた野生が蘇る。

f:id:YSTiseki:20171115203414j:image

f:id:YSTiseki:20171115203417j:image

こうして狙い通りにコントロールを見つけたらSIチップを差し込み到達時刻を記録する。

f:id:YSTiseki:20171115203717j:image

子供が宝物を見つけた時みたいに嬉しい。

そう、OMMは”大人の宝探しごっこ”なのだ。

こんなことを一日中繰り返すわけだが、その間、様々な表情を見せてくれる美しい山々に魅せられる。なんと贅沢な遊びなんだろう。

f:id:YSTiseki:20171115205618j:image

こうしてDAY1を終える。

f:id:YSTiseki:20171115205527j:image

<DAY1リザルト>

獲得ポイント320点(29位) 時間6:07:20(制限時間7:00:00)

思いのほか好成績。

移動距離32km。ちょっと走りすぎ。

 

テントサイトは広大な牧草地。

f:id:YSTiseki:20171116172342j:image

 まだ4時前だが太陽が今にも沈みそう。まずはテントを張る。昨年と同じアライのエアライズ2だ。樋田さんチームのテントに隣接してテント本体を広げる。次にテントを立てようとポールを取り出したその瞬間に唖然とする。なんとポールを間違えた。雨の時にツェルトをタープがわりにして立てるために持ってきたタープ用の一本ポールではないか。どうやら昨夜、宿でザックを減量した時に間違えてテントポールを降ろしてしまったようだ。なんたる失敗。皆んなの知恵借り、手伝ってもらってなんとか一本で立ったけど、路上生活者のテントみたいでなんだかみすぼらしい。

f:id:YSTiseki:20171117162749j:image

ショックで気が滅入るけど、なんとか寝床を確保したので良しとするしかない。

気を取り直して夕飯の準備開始。

今宵の夕飯は4人で鍋と焼肉!

肉やら野菜やら生の食材は嵩張るし重いけど、寒いキャンプを楽しむためには削れないのだ。

第一弾はスンドゥブチゲ。

f:id:YSTiseki:20171117194113j:image

f:id:YSTiseki:20171117194218j:image

 あっという間に食べ尽くす。

締めラーメンをぶち込んで汁も飲み干す。

次に焼肉。旨すぎるぅー。一日中、山の中駆けずり回って身体を削ったのでタンパク質が身体に染み入るようだ。

f:id:YSTiseki:20171117194119j:image

そして再び鍋。今度は濃厚白湯鍋だ。

f:id:YSTiseki:20171117194510j:image

もちろん締めはラーメン!

f:id:YSTiseki:20171117194124j:image

これでかなりお腹が膨らんだのだが、最後にまた焼肉食べてとどめを刺す。

贅沢な晩餐会が終わる。

周囲は無数のテントの灯りが重なり合って幻想的だ。これもOMMの風物詩の一つ。

f:id:YSTiseki:20171117194359j:image

急激に気温が下がり、外にいるのが耐えられなくなってきたのでテントに潜り込んで早々に就寝。

エアマット、3シーズンのULダウンシュラフに、必携装備のエマージェンシービィビィを重ねる。外で長々と夕飯食べて身体が冷え切っていたせいか最初は寒かったけど、体温が戻ると段々とシュラフの中が温かくなる。後になって知ったのだけど、明け方の最低気温はマイナス10℃だったらしい。まさかそんな極寒になると思わないで軽さ重視で選んだ装備だけど、意外とイケることがわかった。こういう経験値はこれからの登山で役に立つ。

 

【11月12日】(DAY2)

朝4時過ぎに起床。まだ暗い。DAY2のスタートまで約2時間。ULTRA LUNCHのビバークレーションとコーヒーでサクッと朝食を済ませて外へ出る。寒いを通り越して痛い。少しの間、外に出しておいたプラティパスの水があっという間に凍り始めてる。マイナス10℃の世界に驚く。

薄明が段々明るくなり、刻一刻と空の色が変わっていく。

マジックアワーだ。

f:id:YSTiseki:20171117194121j:image

そして陽が昇る。

f:id:YSTiseki:20171117194120j:image

もの凄いパワーだ。

振り返ると赤く照らし出された八ヶ岳のモルゲンロート。

f:id:YSTiseki:20171117204700j:image

この一瞬、ここにいる幸せを噛み締める。

 

のんびりしてる時間もなく、テントを畳みバッキングを済ませる。 

そしてDAY2スタート!

DAY1は遠いコントロールを狙って距離的に走り過ぎたので、今日は抑える作戦。と言いながらもDAY1が29位と思いのほか順位が良かったせいで欲が出る。結局のところ、遠くのコントロールを取りに行ってしまう。その結果は・・・それは後程。

 

朝陽に照らし出された野辺山の絶景を見ながら上機嫌で前に進む。

f:id:YSTiseki:20171117201550j:image

 遠くの山々の陰影が印象的だ。

f:id:YSTiseki:20171117203150j:image 

 木漏れ日の中、地形を頼りに道無き道を進む。道無き道と言っても、この季節なので背の高い草は無く、とても歩きやすい。

f:id:YSTiseki:20171117203543j:image

 順調にポイントを稼ぐ。

f:id:YSTiseki:20171117203659j:image

僕の前に道はない。

f:id:YSTiseki:20171117205214j:image

僕の後ろにも道はない。

道は、今、ここにある自分の一歩だけだ。

 

f:id:YSTiseki:20171117204041j:image

時折、八ヶ岳が姿を見せてくれる。 

青い空。

モノトーンの山。

黄金色に輝く木々。

美しい景色に脚を止め息を飲む。

 

f:id:YSTiseki:20171117204558j:image

 歩きやすいところばかりではない。こんなイバラが茂ってたりもする。山道を進むなら素足でワラーチで行きたいところだが、道なき道を行くとなると、藪の中や落ち葉の下に何が潜んでるかわからない。足を傷つけないよう全体を布で覆う必要がある。なのでワラーチは封印しシューズを履く。今年は準備が間に合わなかったけど、作業用の足袋もいいだろう。

 

途中でコントロールを深追いし過ぎたことに気づく。悠長にコントロールを探してたら制限時間に間に合わない。とにかく道を使ってフィニッシュ地点に戻ることを最優先にする。

f:id:YSTiseki:20171117205713j:image

延々と続く登りに辟易しつつも、木々の美しさに癒される。

f:id:YSTiseki:20171117210746j:image

苔むした岩から滲み出る清水で水分補給。

八ヶ岳は水が豊かだ。

f:id:YSTiseki:20171117211055j:image

峠のてっぺんで遠く富士山が突然御姿を現す。どこから見ても富士山の存在感は圧倒的だ。

ここからは下り。

制限時間には間に合いそうもないが超過時間を少しでも短くするためにも走る。1分超過したら5点の減点。せっかく稼いだポイントが湯水の如く消えていく。

道沿いにあるコントロールで消えていくポイントを補充しつつ、トレラン並みに激走して下る。

そしてフィニッシュ!

f:id:YSTiseki:20171117212201j:image

 

<DAY2リザルト>

獲得ポイント185点(235位) 時間6:12:25(制限時間6:00:00)

13分超過して65点の減点。痛っ!

移動距離30km。よう走ったわ。

<総合リザルト>
獲得ポイント505点(131位) 

時間12:19:45

 

またしても昨年と同じ過ちを繰り返し、2日目で大幅に順位を落としてしまった。

地図が読めても、走れても、距離と時間のマネジメントができないとダメ。これは登山でも同じこと。まだまだ実力不足ということで、来年に乞うご期待!

 

フィニッシュ後は会場でプチ打ち上げ。ドライバーさんには申し訳ないけどビールが美味過ぎる。

f:id:YSTiseki:20171119230914j:image

f:id:YSTiseki:20171119230831j:image

 こうしてOMM2017の幕が降りる。

完